「一般の看護と精神科の訪問看護は違います。その目的や方法を伝えるのが私の役目です」訪問看護師インタビュー・渡部 貴子さん

2021.4.21

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在宅医療の最前線で活躍する訪問看護師へのインタビューシリーズ。今回は「株式会社ハートフル」代表取締役の渡部 貴子さんを取材。精神科の訪問看護に対する思いや魅力、伝えたいことについて伺いました。

プロフィール

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渡部 貴子(わたなべ たかこ)さん
「株式会社ハートフル」の代表取締役を務めながら「ハートフル訪問看護ステーション中目黒」に勤務する精神科認定看護師。看護学校卒業後、がんセンターのICUや脳外科、整形外科などに勤務。半年の海外生活を経たのち、縁あって在宅医療の分野にシフト。その後、勤務していたステーションの閉院に伴い訪問看護部門を受け継ぎ、「株式会社ハートフル」を設立。中目黒の1号店をはじめ、現在は同エリアに3事業所を構える。趣味はジム通い。ふとした瞬間に空を見上げ、会社の将来の姿を思い描いている。

3事業所を経営。目黒区の精神科訪問看護の中核を担う

ーー現在の職務内容について教えてください。

「株式会社ハートフル」の代表として、弊社が運営する3つの事業所を統括と経営を行っています。「ハートフル訪問看護ステーション中目黒」をはじめ弊社の訪問看護ステーションが提供する看護は、精神科が中心です。訪問看護師をはじめ、保健師、OT、公認心理士などさまざまな専門スタッフがチーム制で利用者さまのケアを行っています。身体合併症にも対応しており、心と体の両面のサポートを担っていますね。また、終末期や看取りにも対応しており、医療観察の利用者さまも引き受けています。スタッフは毎朝、3事業所合同のウェブ朝会に参加したのち、申し送りをしてから、午前3件・午後3件を目安に訪問していますよ。
最近は、「目黒区の精神科訪問看護といえばハートフルさん」と名前を挙げてもらえるようになり、知名度の高さを実感することが増えました。

ーー会社設立までの経歴を教えて下さい。

看護学校卒業後は、がんセンターのICUや脳外科、整形外科などに5年ほど勤めました。その後は、休息を兼ねて半年間ハワイで生活しましたね。看護師として次のステージに進むか、別の分野に挑戦するかを考えていたんです。そして帰国後に、知り合いの医師から「在宅医療を始めるので手伝ってほしい」と連絡があり、手伝うことにしました。
地域密着型のクリニックで、在宅医療といっても当時は介護保険制度がなかったので、往診のようなものがほとんどでした。しかし、その手伝いをするなかで、次第に在宅医療が面白いと思うようになっていきましたね。
そんな折、介護保険制度が始まり、老人介護という枠の高齢者向け訪問看護を始める運びになったんです。また、他所でも訪問看護ステーションの設立が相次ぎ、多くの立ち上げに関わらせてもらいました。スタッフ数が少ないステーションでは私が中心となって運営や経営に携わりましたね。
しかし、あるとき勤めていたクリニックが閉院することになったんです。そこで、クリニックの訪問看護部門を引き継ぐかたちで、精神科訪問看護の「株式会社ハートフル」を設立しました。

ーー精神科の訪問看護をはじめたきっかけは何ですか?

町に訪問看護ステーションがたくさんあるにも関わらず、精神疾患を看ることができる看護師がいなかったからです。精神科の訪問看護ステーションは強みになると思いました。幸い、クリニックで在宅医療をしていたころから精神科の患者さまを担当する機会があったので、弊社には精神科看護のノウハウがあったんです。そのため、ステーション設立時にクリニックからの既存スタッフが5名いましたが、精神科訪問看護を始めることを反対する人はいませんでしたね。

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一般の看護と精神科の訪問看護はまるで違う。講習や研修で本質を伝えたい

ーー一般の訪問看護と精神科の訪問看護で違いはありましたか?

まるで違いましたね。精神科の訪問看護について、初めは利用者さまの「話をしっかり聞ければできる」「看護師ならできないことはない」と考えていたんです。
しかし、実際に取り組んでみると、それだけでは利用者さまの回復に結びつかないことを実感しました。一般の訪問看護は、身体の状態を見て必要なケアをしたり、利用者さまに指導や助言をしたりすることがメインです。一方、精神科の場合は、心というデータ化できないものを対象とします。その方の体験している状況を共有し、回復の糸口を一緒に探していく、共同作業というスタンスで接することが大切です。この違いは大きかったですね。

ーーほかに精神科の訪問看護ステーションを始めて戸惑ったことはありますか?

当ステーションに入職したスタッフが戸惑うことがあったようですね。精神科の訪問看護師になる人は、やはり精神科の病院で働いていた人が多いんです。たとえば、精神科の病院で、退院した人が再入院してきたときに「退院後、何が起きているのだろう」と地域に興味を持ち、入職したケースが多々あります。しかし、病院と訪問看護のアプローチは別のもので、両者でできることも異なります。訪問看護では治療ではなく利用者さまの生活に目を向ける必要があるのです。そういった違いを意識せず、適切な精神科の訪問看護ができないと、なにより利用者さまのためになりません。そのため、私自身が主体となって研修を行い、精神科訪問看護の目的や方法を日々確認するように努めています。

ーー研修の講師をされているんですね。渡部さんは精神科の資格をお持ちなんだとか。

2年ほど前に「精神科認定看護師」を取得しました。訪問看護分野では取得者があまりいない専門性の高い資格です。取得には実習なども含めて1年ほどかかりましたが、取得してからは看護師として視野が広がったのを感じます。本来の看護業務のほかに、スタッフへの指導や助言を行う機会が増え、地域構想を考える場に出席するようにもなりました。精神科看護そのものの質を向上させるという使命感が芽生えたように感じます。
また、昨今は行政との関わりも強くなりました。精神科サービスの拡充や引きこもりの方とそのご家族の支援をしたり、8050問題など地域が抱える問題に対するアプローチ方法の提案を行ったりしています。精神科分野の講習や研修を開く機会も増え、個人で受ける仕事が多くなっていますね。

管理するのではなく、お互いが成長していける訪問看護

ーー訪問看護の面白いところはどこですか?

やはり、利用者さまと自分がお互いに成長していけるところです。一般の看護では治療が優先事項なので、看護師は利用者さまに一方的に指導することもあるかと思います。しかし、精神科では、本当の意味で利用者さま主体の看護です。私たちがやりたい看護をするのではなく、利用者さまが回復していくために、私たちをどう活用したいのかを理解したうえで、看護に取り組む必要があるのです。その中で、ともに成長しあっていくことを実感します。
実は、私は利用者さまに怒られることが多いんです。「また決めつけたでしょ!」「また薬飲んでないって疑ったでしょ!」とよく言われます。そういうことをダイレクトに言われるのはつらいと思う人がいるかもしれませんが、私は自分自身のくせや考え方を知れる自己理解の機会だと思っています。自分のことが分かっていないと、独りよがりになって良いサービスができません。自分自身を理解して改善する機会があるのは良いですね。

また、人間関係を築く過程で利用者さまが回復に向かうのもやりがいに感じる点です。薬を飲んでいるか飲んでいないか、ということだけでなく、人間同士のつながりを通じて利用者さまを回復に導いていくんです。訪問看護師のなかには薬の管理しかしない人もたくさんいます。しかし、それでは利用者さまが生活を制限されているように感じ、息苦しく感じるかもしれません。薬に頼りきらずとも回復を支援できるようなテクニックが必要なんです。
テクニックを身につけるには勉強が欠かせません。精神科の訪問看護にも理論やフレームワークがあるので、それを理解する必要があります。そのため、弊社では勉強会や研修を行い、精神科訪問看護の基本的な考え方や専門的な知識、強みにしたい分野など、個々のスタッフが目標を持って勉強できる体制を用意しています。

ーー訪問看護の大変なところはどこですか?

全ての責任を受け取りすぎず、柔軟な気持ちでいるべきところですね。精神科の訪問看護は、利用者さまが自分で選択したことを実現できるよう看護師がサポートしていく分野です。その選択に訪問看護師が責任を負いすぎる必要はありません。成果が出なかったり、うまくいかなかったりしたときに「自分の看護が悪いせい」と思い込むと負担になってしまいます。
利用者さまの状況に自分の気持ちまでつられないよう、訪問看護師はしっかり芯を持たなければなりません。自己管理やコントロールができることが大切ですね。その意を込めて、弊社は「美しく、しなやかで賢い組織」を企業理念に掲げています。

ーー訪問看護をするにあたり大切にしていることは何ですか?

病気や障がいを看に行くのではなく、利用者さまという「人」を看に行くことを意識しています。看護師は病気や障がいを看るのが仕事ですが、それを目標にすると、在宅医療は長引くことも多いためやりがいを見失ってしまうかもしれません。利用者さまとのつながりと、管理をする仕事ではないことを意識するのが重要ですね。

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本当の精神科訪問看護の在り方を伝えていきたい

ーーこれからどんなことに?を?れていきたいですか?

先ほども申し上げましたが、弊社は「美しく、しなやかで賢い組織」がコンセプトなので、そういうスタッフを増やしていきたいです。現在スタッフは40人ほどですが、ゆくゆくはハートフルらしいスタッフを100人育成することを目標に事業を成長させていきたいですね。
現状、精神科に特化した訪問看護ステーションは、やり方が急激に広まっただけに中身が伴っていないところも多いのが実情です。「利用者さまの顔を見に行くだけ」「買い物を手伝うだけ」など精神科の看護そのものを履き違えている看護師もなかにはいます。私は、本当の精神科訪問看護の在り方を伝えているのが、自分の役目だと思っています。

ーー訪問看護に興味がある看護師へ一言お願いします。

せっかく看護師免許を持っているのだから、働くのが病院だけというのはもったいないと思うのが本音ですね。病院だけでなく、地域や在宅の視点があってこそ、はじめて看護師のトータルな視点が養えます。病院で働くのが「しんどい」と思っている方もいると思いますが、そういう方にぜひおすすめしたいです。決められたスケールのなかで働くのではなく、自分の視野を拡大して、成長したい人は挑戦するべき分野だと思いますね。
訪問看護は利用者さまの生活の場で寄り添う真の意味での看護です。精神科はそのさらに一段階上のスキルが要求されるのですが、難しいぶんやりがいや面白さを感じますし成長も実感できます。
精神科の訪問看護を知らない方も多いと思いますが、人に興味がある、人が好きという方にはぜひ学んでほしいです。学ぶと奥が深くて、沼にはまってしまうようなの面白さがありますよ。

ーーありがとうございました。

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ハートフル訪問看護ステーション中目黒

 
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