ある日、もし患者さんに「安楽死したい」と頼まれたら、どう向き合うべきか…。そんな途方もない問題に、すぐ答えを出せる看護師なんていないでしょう。
2016年5月28日公開の映画『或る終焉』は、終末医療と向き合う看護師がテーマの物語。
予想を超える衝撃のラストに胸が締め付けられます。
看護師なら一度は観てほしい映画ですが、テーマが重くていろいろ考えさせられる作品なので、正直なところ「絶対に観るべき!」と強く言えないのが本音です。
終末期の患者を専門にケアする看護師のデヴィッドは、いつも患者に寄り添いながら献身的に尽くし、できる限り親密な関係を築き患者の最期と向き合っていました。
ところが、親しく寄り添う彼の行動に嫌悪感を抱いた患者の親族は、「看護が過剰すぎる」とデヴィッドをセクハラで訴えようとするのです。
それをきっかけに解雇されるデヴィッド。そんな矢先、デヴィッドは末期がんで苦しむ女性マーサから「安楽死するのを手伝ってほしい」と頼まれます。
化学療法を拒むマーサの想いを理解しつつも葛藤するデヴィッド。看護師として一人の人間として、どう命と向き合うべきか苦悩する日々が始まります。
この作品は、患者をケアするシーンが特に印象的で、患者を抱き起こすシーンや入浴させるシーン、排泄物の世話をするシーンなど細かな描写がリアル。
あまりにも献身的すぎて、もはや看護の範囲を超えているようにも思えますが、もう一方の視点で観ると看護の本質が描かれているようにも思えます。
さて、デヴィッドは安楽死に対して、どのような決断を下すのでしょうか。はるかに予想を超えるラストの展開に、きっとあなたも胸が締め付けられるはず。
この映画は、ミシェル・フランコ監督の実体験によって生み出された物語。
自身の祖母が脳卒中で二度と動けない半身不随になったとき、献身的に祖母の世話をしてくれた看護師を想起しながら脚本を書いたそうです。
或る終焉の公式サイトにはDIRECTOR””S STATEMENT(監督の意図)が紹介されており、その文中でミシェル・フランコ監督は次のように話しています。
“祖母に優しくしてくれた看護師は私に、末期患者の世話をし始めて20年になると教えてくれた。死と喪失は彼女の人生の一部であり、その仕事は慢性的な鬱病(chronic depression)をもたらすこともあるという。
それでも彼女は、他の仕事に就くことはないという。これが彼女の人生であり、キャリアなのだと。そして彼女は、喪の気分を入れ替え再び他者の人生と繋がるために、また他の末期患者を探すのだという。”
出典:或る終焉の公式サイトDIRECTOR””S STATEMENTより
http://chronic.espace-sarou.com/about.php#
2016年5月28日公開です。ぜひご覧になってみてはいかがでしょうか。看護師として一人の人間として、“どう命と向き合うべきか”を問いかけてくれる映画です。
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