
「この体制じゃ、いつか事故が起きる」。病棟の危うさを訴えても、何も変わらない。そんな職場で苦しんでいる方はいませんか。
大学病院急性期病棟のリーダーSさんも同じ状況でした。改善案を出しても変わらず、ある夜勤での出来事をきっかけに、職場を辞める決意をしたのだそう。
最終的にたどり着いたのは病院ではない場所での看護でした。一人ひとりとじっくり関われて、亡くなった方を思って久しぶりに涙が出た。「10年後も続けたい」と思える看護に出会えたそうです。
転職までの葛藤と新しい看護のかたち、そして経験から分かった「自分に合う職場の見つけ方」を教えてもらいました。

新卒で入った大学病院では、消化器内科病棟で働きました。
4年目にリーダーを任されたのですが、その頃から病棟の問題が徐々に見えてきました。一番気になったのは夜勤体制で、通常リーダー看護師1人、若手看護師2人で計3人でした。
患者数が多く重症の方も少なくない急性期病棟で、受け持ちをしながら後輩のフォローをして、緊急入院や急変時の判断も自分の責任です。リーダーの私1人ではさばききれませんでした。
トイレ介助中に別の患者さんのセンサーマットが鳴っても対応できず、後から駆けつけて「転倒してなくてよかった…」と胸を撫でおろすこともザラにありました。

そんな状況下で新しいルールができたんです。
「夜間に救急外来で専門的な処置が必要になったときは、病棟から対応できる看護師を1人応援に出す」というものです。
応援に出るのはリーダーの自分が多く、1時間ほど病棟を空けるのですが、その間病棟に残るのは経験の浅いスタッフだけです。重症の患者さんや抗がん剤を24時間持続投与している患者さんもいる中で、「この体制では危ない」と危機感が募っていきました。
直属の上司である主任には「このままじゃ事故が起こるかもしれません。最悪、誰かが亡くなってもおかしくないですよ」と何度も伝え、具体的な改善案も出しました。
それでも返ってくるのは「そうだね」という言葉だけ。何かが変わることはありませんでした。恐らく、上の立場の人たちも手いっぱいだったのでしょう。
でも、この状態が続けばいつか大きな事故が起こる。そして自分が責任を負うことになる。「早くこの場を離れないと」と不安を感じつつも行動には移せないまま、日々仕事をこなしていました。
転職を決意した決め手は、夜勤での出来事でした。
ある患者さんの様子が落ち着かなかったため、ベッドごとナースステーション前の処置室に移し、様子を見ることにしました。心電図モニターも着けたかったのですが空きがなく、ナースステーションに戻るたびに処置室を覗いて声をかけていました。
その後、患者さんが急変。蘇生処置を行いましたが、亡くなりました。ご家族への連絡や説明、フォローまで、できることは精いっぱいやりました。
ところが後日のカンファレンスで問題として挙げられたのは、「リーダーがモニターを着けなかったこと」。主任から「今回のことで懲りましたよね、Sさん」と言われたんです。
納得できませんでした。本来カンファレンスは、1つの出来事を組織の問題として捉え、原因や再発防止策を考える場です。それなのに個人の対応ミスとして責められ、張りつめていた糸がぷつっと切れました。
「このまま働き続けてまた何か起きたら、最悪、看護師を続けられなくなるかも」と、その職場を辞める意思が固まりました。
とはいえ初めての転職で、分からないことだらけです。次の職場は教育体制は整っているのか?人間関係を一から築けるのか?と、正直大学病院を離れる不安もありました。
そこでまずは転職支援エージェントに登録しました。何社か相談するなかで一番自分に寄り添ってくれる担当者を選び、求人を紹介してもらいました。
転職にあたって、これまでの経験と自分がしたい看護を改めて整理しました。
その中で見えてきた次の職場に求める条件は、
の4つでした。
1、2つ目に関しては、患者さんが元気に退院される姿をあまり見られなかったので、次は回復期で退院まで見届けたいと思って。回復期なら時間的・精神的に余裕があり、退職理由の「上司が意見を聞いてくれない」環境も変わるのではと期待しました。
3つ目、急性期病棟ではケアをじっくり学ぶ余裕がなく、知識や関わり方の引き出しがあればもっと寄り添えたのではと心残りもあって…。次は、高齢者や認知症のケアを専門的に学びたいと考えました。
4つ目の二次救急を希望したのは、救急時の対応をマスターしたかったから。大学病院では救急チームがいるため、急変の発見から胸骨圧迫までの一次救命処置の経験しかなく、そこが気がかりでした。
転職エージェントにこれら4つの希望を伝えたところ、認知症・回復期病棟がある二次救急の病院を提案してもらい、無事転職が決まりました。

二次救急の病院に転職が決まり、希望通り回復期病棟に配属されました。
医師、リハビリスタッフ、介護士、栄養士、相談員…多職種が連携し、「家に帰る」を支える体制が整っていました。
ご家族に自宅の写真を撮ってきてもらい「この段差ならここまで足が上がるようにリハビリしよう」「スロープがあったほうが良いかも!」と皆で1つの目標に向かって話す時間が何より好きでした。
スタッフ同士の関係も良好で、患者さんが元気になって帰宅される姿も見られて、久しぶりに「看護が楽しい」と思えました。小さなことですが、食事や差し入れのお菓子を美味しそうに食べる姿を見るのも、日々の幸せでした。前職では食べたくても食べられない患者さんが多かったので…。
半年経ちリーダー業務も任せてもらえるようになった頃、人員配置の変更で、まだ救急の経験を詰めていないまま、内科の混合病棟へ異動になりました。
そこでは初めて担当する疾患も多く、入退院を繰り返す忙しさで、大学病院時代の働き方に戻ったような感覚がありました。特に血液内科では抗がん剤と輸血を同時かつ厳密な管理下で進める場面が多く、常に緊張感があって…。あるとき輸血の確認手順を1つ飛ばしてしまい、そのショックで大泣きしたことがありました。
次第に、退勤後も不安が頭から離れなくなり、夜中に病院へ戻って記録を確認したことすらありました。師長に「回復期病棟に戻りたいのですが…」と何度か相談しましたが、叶いませんでした。
ちょうど結婚で遠方へ引っ越すタイミングが重なり、退職を決めました。
次はもう少し自分の体と心を大切にできる職場を探そうと思いました。

それまで急性期と回復期を経験するなかで、次は大きな病院ではなく、地域で生活していて医療を必要とする人の助けになりたいと思うようになりました。結婚を機に夜勤もやめようと決め、前回と同じ転職エージェントに相談。紹介されたのがナーシングホームでした。
ナーシングホームは、医療的なケアを必要とする方が生活する施設です。看護師と介護士が連携し、決められた時間に居室を訪問してバイタル測定や処置を行う、1つの建物内で訪問看護をするような働き方です。部署異動もなく、馴染みのある利用者さんやスタッフと過ごせるところに魅力を感じました。
病院との一番の違いは、患者さんではなく、そこで暮らす「利用者さん」として関われることです。
「治す場所」ではなく「生活の場」なので、整容や立位、食事、歯磨きといった小さな日常生活動作も、なるべくご自身でするのを見守ります。利用者さんの持っている力を活かすことが、自己肯定感や自尊感情にもつながります。
もちろん急性期でも自立支援は重要だったのですが、忙しいとつい効率を優先して先回りして援助してしまうことも多くて…。
印象に残っているのは、血液疾患のある終末期の利用者さんです。便が詰まって「お尻が痛い」と寝たきりで苦しそうにされていて。最期を穏やかに過ごしてほしいという思いから、スタッフや提携先の医師、ご本人とご家族とも相談し、摘便を試みることになりました。病院なら出血リスクを優先する判断になっていたと思います。
3日間かけて慎重に進めると、大量の便が詰まっていて、これは苦しかっただろうなぁと胸が痛くなりましたね。処置を終えると、「楽になりました」と久しぶりに笑顔を見せてくださいました。そのあと車椅子に座ってご家族と食事を楽しむ姿は忘れられません。
急性期で身につけたアセスメント力・リスク判断が生きたなと感じる瞬間でしたし、ナーシングホームだからこそ叶った看護だなと感じました。
私の入職と同じ時期に入居され、勝手に「同期」のような親近感を持っていた利用者さんがいました。「王将の餃子が食べたい」と話す、何気ない会話が好きでした。
しばらくして施設内でインフルエンザが流行し、隔離対応で階を分けることになりました。状態が悪くなっていると聞いてはいたものの直接会えず、隔離が解除される前日に亡くなったんです。それを知ったとき、自然と涙がこぼれました。最後に顔を見て挨拶したかった。人が亡くなって泣いたのは、本当に久しぶりでした。
急性期病棟にいたころは、患者さんが亡くなっても、悲しむより先に「エンゼルケアをしないと」「ご家族への対応はどうしよう」と次の段取りを考えていました。
ナーシングホームでは、一人ひとりと長く関わり、好きなものや普段の様子、ご家族のことまで知ることができます。だからこそ、最期にご家族やスタッフと一緒に悲しみ、その方を思う時間を持てる。その感覚を取り戻せたことも、今の看護が好きな理由の1つです。
これまで3つの職場を経験しましたが、今の仕事が一番自分に合っていて、楽しいと感じます。
とはいえ、良いことだけではありません。給与は大学病院時代と比べて月5万円下がりましたし、賞与も会社の経営状況に影響されます。国の介護保険制度が変われば、ナーシングホームという事業自体がどうなるのかという不安もあります。
それでも、今の環境が続くなら、10年後もきっとナーシングホームで働いていると思います。
これまで3つの職場を見てきて思うのは、職場選びで大切なのは「自分は何を一番大事にしたいのか」という軸を決めることだということ。
私の場合、以前はやりたい看護を重視していましたが、今の職場を選ぶときは夜勤とオンコールがないことも大きな軸にしました。給料が下がると分かっていましたが、それ以上に体への負担を減らしたかったからです。
実際にナーシングホームへ転職してからは、体が圧倒的に楽になりました。もともと弱かった胃腸の症状も落ち着き、休日も元気に出かけられます。以前は休日=回復日で、寝て過ごすだけの日もあったので…(笑)。今は友達とアフタヌーンティーに行ったり、夜に集まってお酒を飲んだり、仕事以外の時間を楽しむ余裕もできました。

もちろん、働きやすさだけでなく給料とのバランスも大切です。転職先を見るときは、月給や手当だけでなく基本給もしっかり確認しました。基本給はボーナスに直結しますし、職場によっては手当で補う形で基本給を低く設定しているところもあるようなので注意が必要です。
自分がどんな働き方をしたいのか、そのためにどこまでの給料なら納得できるのか。そこまで含めて考えておくと、職場を選びやすくなると思います。
タイミングについては、「辞めたい」と思ったときが、辞めどきなのだと思います。
自分の実感としてありますが、急性期を離れても、これまでのキャリアがなくなるわけではありません。怖くても一歩踏み出してみれば、意外となんとかなるものです。
もし今「急性期から離れたいけど不安」と悩んでいる看護師さんがいたら、情報収集からでも一歩を踏み出してみてほしいです。
看護師のSさんに、大学病院を辞めて、いま「ナーシングホーム」で一番好きな看護をできているエピソードをお話いただきました。
レバウェル看護では丁寧なヒアリングで今のお悩みや職場に求めることの整理を一緒にできます。Sさんが話してくださったように、「自分が大事にしたいこと」の軸をブラさずに、あなたに合う職場を一緒にお探しします。
忙しい毎日でもLINEで楽にやり取りでき、書類の添削、面接対策もできるので、転職が初めての方でもご安心いただけます。
そもそも今のタイミングで転職すべきか?や、優先順位の考え方、転居を伴う転職、アクセスが良い最新求人など、気になることがあれば何でもお気軽にご相談ください。
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