看護師のみなさん、もうすぐ母の日ですね。世界的に有名なこの母の日ですが、そのはじまりには、戦争の最中、人々の救護や看護に身をつくしたある女性平和活動家の存在を会ったことをご存知でしょうか?
今回は、そんな「母の日」のはじまりの物語をお伝えします。
まずはじめに、南北戦争中に兵士たちの治療や療養を行なっていた機関に所属し、医療行為に従事していた夫婦がいました。その妻は「母の日宣言」を発したジュリア・ウォードという女性です。彼女は戦争で子どもを亡くし悲しみにくれる母親たちを思い、平和と非武装の世の中を願って、この宣言を提唱しました。
しかし、彼女は志半ばでその生涯を終えてしまいます。
その後、同じく平和な世の中を願うアン・ジャービスという女性活動家が立ち上がります。彼女は、公衆衛生や社会的弱者を守る活動を行った人で、ジュリア・ウォードの平和活動に影響を受けていました。
南北戦争と戦後の荒れた社会の中で負傷兵の治療や看護、さらに公衆衛生の改善のために活動し、「マザーズ・デイ」活動のスピリットを受け継いでいたのです。
アン・ジャービスは生涯をかけ、「平和な暮らしができる世の中」のために身を捧げました。その姿を見ながら育ち、ともに活動を行っていた娘のひとりアンナは、なくなった母を追悼するため、5月の第2日曜日を「マザーズ・デイ」に制定するよう協会に願い出ます。
アン・ジャービスが協会のサンデースクールで20年以上もの長きに渡って教えてきたということもあり、協会は彼女の貢献をたたえ「マザーズ・デイ」の式典を行ない、式には400名を越える母子が集まって世界の平和を祈りました。
この式典では、アン・ジャービスが好きだったと言われている白いカーネーションが配られ、これが現在の「母の日にカーネーションを贈る」という行為の起源となっているのではないかと言われています。
現在の日本で、この話を知っている人はごく一部かもしれません。しかし、「母の日」を知らない人は少ないでしょう。たとえ今一緒にいられなくとも、すべての人に母親がいます。自分という人間をこの世に生んでくれた母親への感謝。また人生で出会えた大切な人や好きな人たちをこの世界に生んでくれたのもみな母親です。
「母の日」はイベント化して、商業的に利用されていることも増えましたが、「母へ感謝する」その思いは、遠く戦地で看護にあたっていた女性活動家たちの願いをそのままに、現在へと受け継がれているのではないでしょうか。
子供たちが笑顔で暮らせる未来、傷を癒やし家族のもとへ帰したい思いは、看護師のみなさんにも共通する思いですね。
「母の日」はそんな尊敬や感謝を伝え、平和を願う日です。宗教を越えて、この純粋な思いが世界を守ってくれることを願いたいですね。
出典:http://www.worldfolksong.com/calendar/mothers-day.html
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