日頃から多くの人々の心の悩みに耳を傾け、人間の死と向き合ってきた僧侶であり、ベストセラー著者でもあるご住職の名取芳彦(なとり・ほうげん)さん。
今回、看護のお仕事編集部は名取さんが看護師向けの「しごととくらしを豊かにする」シリーズ第1巻として本を出版されたという話を聞き、インタビューをさせていただきました。
「社会のさまざまな問題が凝縮さ
れている医療現場で働く看護師の方々に、毎日を安らかな気持ちで、楽しくすごすことにつながる仏教の知恵を結晶化した『般若心経』をお伝えすることは、がっちりと歯車がかみ合うようなもの」
名取さんのお話には、看護師のお悩み解決や生き方のヒントが溢れていました。
※当記事は特定の宗教を推奨(布教)するものではありません。広く看護師のためになる内容を伝えることを目的として、すばらしいお話を聞かせていただきましたので、ご紹介させていただきます。
真言宗豊山派元結不動密蔵院のご住職である名取さんは、ご住職としての役目はもちろん、多くの人々のために枠に捕らわれない幅広い活動をされています。
「これまで本堂での音楽イベントや浪曲などを企画し、一方で御詠歌(伝統的な賛仏歌)、写仏、読経の会、巡礼、法話の後に一杯飲みながらフリートークをする会などを行なってきました。
10年前から本の執筆依頼をいただくようになって、仏教を広く楽しくお伝えできる手段として“夜も寝ないで昼寝して”原稿を書いています」
これまでの書籍の内容の奥深さに加え、ユーモアのセンスもある名取さん。その活動と人柄が注目され、日本医療企画から書籍「看護師のしごととくらしを豊かにする」シリーズの第一弾執筆に白羽の矢が立ちました。
“看護師のための本の執筆”という依頼を引き受けた背景には、名取さんの見てきた医療現場への想いがあったようです。
「わずか270文字ほどの『般若心経』は、六百巻の『大般若経』の内容を結晶化したとも言われます。社会のさまざまな問題が凝縮された医療現場で働く看護師の方々は、日々ストレスのたまりやすい環境にいます。そんな看護師さんたちに、毎日を安らかな気持ちで、楽しくすごすことにつながる『般若心経』をお伝えすることは、がっちりと歯車がかみ合うようなものなのです。
化学と倫理の狭間で働く看護師の方々の心の中に、仏教の知恵を組み入れていただくことで、動きがスムースなトライアングルができあがるでしょう」
「30代の人に『身近な人で亡くなった人はいますか』と聞くと、かなりの人が『まだいません』と答えます。言い換えると、身近な人の死とそれに至る経験をしていないのです。ある意味で幸せなことです。
しかし、家族と呼べる人を5人亡くしている私にとって、お見舞いや看護、看取りなどの医療の現場は縁遠いものではありません。
檀家さんの中にも、家族が病気になって『だれが看病するか(誰が仕事を休むか)』などで、バラバラになる家もあれば、逆に協力体制を整えて看病することで団結が強くなり、愛情が深くなる家もあります。
手塚治虫さんは、『ブラックジャック』を描くにあたって、医療の現場は凝縮された社会そのものとおっしゃっていました。人の心を扱う仏教の僧侶として、私も同感です。
医療の現場は社会の中でおこるさまざまな心の問題が凝縮された世界だと思うのです」
名取さんがいらっしゃる寺院もまた社会の縮図。死や身内を亡くしたご家族と向き合うなど、医療現場と共通した部分もあり、看護師の役割の重要性と共に、看護師個人の人生にも注視されるようになったそうです。
名取さんは、歴史ある仏教の教えを大事にしながらも、現代社会の有り様につねに興味を持ち、“今を生きる”人々のために役立つ情報を執筆されているのです。
『般若心経』の教えは、看護の場でも生かせる、と名取さんは語ります。
「般若心経とは、『すべては変化してしまうので、すべてのことに“これはこういうものだ”という不変の実体はない』という『空(くう)』の思想を悟るための智恵を授けるお経です。
お釈迦さまが弟子の舎利子(しゃりし)に『空を悟るための般若(智恵)』について説く形式になっています。
『般若心経』を知ることは、毎日を安らかな気持ちで、楽しくすごすことにつながります」
看護のお仕事編集部でも、「仕事と家庭の両立について悩んでいる」とおっしゃる看護師さんの言葉をよく耳にします。
しかし、名取さんに仕事と家庭の両立についてお伺いしてみると、予想外の答えが返ってきました。
「仕事をしている人は、プライベートな時間を線引きして考えたくなるかもしれません。
しかし、私は僧侶を『仕事』だと思ったことは一度もありません。『お経を唱えている時、掃除をしている時だけ僧侶で、他の時間は夫、父親』と切り離して考えたことがないのです。
私にとって、僧侶は職業ではなく、生き方なのです。
そのように考えれば、看護師も生き方でしょう。生き方ならば、人生は丸ごとプライベートです。育児や家族との時間が思うように取れない現状はあるにしても、自分の良心にしたがって区別していけばいいのですし、それしか方法はないでしょう」
なかなか大胆な発想ですが、『自分の良心にしたがって区別していく』には、どのような考え方をすればいいのでしょうか。
「仕事場で人間関係がうまくいかない時は、それぞれ『自分の都合』がぶつかっている時です。
仏教では『苦=自分の都合通りにならないこと』と定義しています。
そして、苦を減らすには自分の都合を減らしていけばいいとします。
看護師は命に関わりますから、自分の都合(意見)を放棄できない場合もあるでしょう。
それでも、物理的、精神的な『お先にどうぞ』と相手の都合を優先させることは、人間関係ではとても大切です。
それと同時に『患者さん、医師、先輩や後輩のため』を心がけておけば、臆する必要はありません。
『私は自分の都合を優先させようとしているのではないか』と自分の内に問い、『この人のためにはどうしたらいいのだろう』と自分の外に優しさを向けていれば、相手がよほど邪悪な心の持ち主でないかぎりうまくいくものです」
『自分の都合』を優先させようとするほど、ストレスは溜まるものかもしれません。
良心にしたがい相手のために動けている自分であれば、自分でも好きになれるかもしれませんね。
仕事がら「死」に触れる機会もある看護師。そんな看護師はどのように「死」を考えたらよいのか、悩まれることもあるかもしれません。名取さんは、固執しない個別の対応が必要だと言います。
「『死』をどのように考えるかは、医学、社会学、宗教学などによって大きく異なります。看護師さんたちも医学的、生物学的な死については研修など受けていらっしゃるでしょう。
しかし、看護師さんたちは死をヒューマニズムの領域でも捉えないと、患者や家族に寄りそうことはできません。悲しみを癒すためのグリーフケアはとても大切です。
私のお寺の檀家さんは仏教徒なので、あの世の存在を証明できないにしても住職と檀家の共通の考えかたとして『向こうで先に亡くなった方々が待っています』『懐かしい人たちに会えます』と伝えることができますし、『そうですよね』と相手も共感してくれる場合がほとんどです。
もちろん、そのような言葉に納得して頂けない患者さんや家族もいるでしょう。そんな時は、『この世のことは残っている人たちに任せましょう』と心残りしないようにアドバイスするでしょう。
自分自身が“こう考えられたらいい”と思うことを、患者さんや家族に言ってあげてください」
今後も精力的に伝える役割を果たしていきたいという名取さん。
「『気にしない練習』(三笠書房・2015年初版)がおかげさまで31万部をこえて、昨年は新刊が7冊出て、今年(2017)も7冊新刊が出る予定です。ありがたいことに、この後も数社からオファーがあって、しばらくは執筆や講演が続きそうです。
今回、日本医療企画から出た『看護師のための般若心経』は、『般若心経』で説かれる教えを土台にして看護師の方々が抱える悩みにお答えする部分が中心になっています。
人生を丸ごと看護道と考えれば、仏教の教えは人生のあらゆる場面で大きな助けになり、杖になります。仏教が2500年続いているのは、実際にそのような効果があるからです。
その教えをいくらかでも楽しく、わかりやすくお伝えできる機会を増やしていきたいと思います」
今回、依頼を受け看護師に向けての書籍を執筆された名取さんですが、それ以外の著作も、看護を行なう上で、また看護師として生きていく上での助けとなるヒントが詰まっています。
「看護師の方々は激務です。その中で、是非笑顔を忘れないでください。
笑顔に関する格言で、私が座右の銘にしているものが三つあります。それを最後にお伝えします。
“好きなことをしているのなら、嫌な顔、しなさんな”
“笑顔に向ける刃(やいば)無し”
“笑顔に勝る化粧無し”」
――名取芳彦さん、ありがとうございました。
さまざまな面で“生きづらい”と感じている現代人の悩みが軽くなるヒントを発信し続けている名取芳彦さん。ご住職という立場を『仕事』とは捉えず、人生で与えられた『役割』として幅広い活動で伝え続けている名取さんだからこそ、現代社会に沿った生きるヒントを伝えられるのかもしれませんね。
日々、多忙な業務に従事している看護師のみなさん、一度、名取さんの著作を読んでみてはいかがでしょうか。日々のストレスや悩みが軽くなるかもしれませんよ。
『看護師のための般若心経 看護道と生き方のヒントがいっぱい』(日本医療企画)
著者・名取 芳彦
本書は、31万部ベストセラーの著者による“看護師のしごととくらしを豊かにする”シリーズの第一弾として発行されました。看護師のお悩みに『般若心経』の智恵でアドバイス。看護業務のモヤモヤや、人間関係の悩みに効く「心を元気にすることば」が満載です。この本をご覧になると、心が軽くなるかもしれませんよ!
名取 芳彦(なとり・ほうげん)●真言宗豊山派元結不動密蔵院 住職
1958年、東京都江戸川区生まれ。大正大学を卒業後、英語教師を経て、江戸川区鹿骨元結不動密蔵院住職。真言宗豊山派布教研究所研究員。真言宗豊山派布教誌『光明』編集委員。豊山流大師講(ご詠歌)詠匠。『気にしない練習』(三笠書房)、『ためない練習』(三笠書房)、『感情的にならない生き方』(PHP研究所)、『心がすっきり かるくなる 般若心経』(永岡書店)、『1日5分 朝の「般若心経」写経手帖』(ナツメ社)、『般若心経、心の「大そうじ」』(三笠書房)など著書多数。
今回『看護師のための般若心経 看護道と生き方のヒントがいっぱい』を出版した日本医療企画株式会社が看護師向けにオーラルケアを専門家から学べるセミナを大阪で開催します。
このセミナーでは、看護師ができるオーラルケアについて、医学部歯科の松尾浩一郎教授による「今求められているオーラルマネジメントについて」という理論面と、摂食・嚥下障害看護認定看護師の三鬼達人さんによる「現場で使える口腔ケアの手技を実践」という手技面の双方から学ぶことができます。
関西在住の看護師の方はぜひ参加してみてはいかがでしょうか。
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