一生懸命看護をしているのに、その思いが認知症患者さんに届かないと悩んでいる看護師のみなさん。患者さんとの信頼関係を築ける実践的なケア技法ユマニチュード(R)をご存知ですか?
「ユマニチュード」とは、知覚・感情・言語による包括的なコミュニケーションに基づいたケア技法のこと。体育学を専攻する二人のフランス人、Yves Gineste (イヴ・ジネスト)氏とRosette Marescotti (ロゼット・マレスコッティ)氏によって生み出され、40年近い歴史があります。
ユマニチュードには「人とは何か」「ケアをする人とは何か」という哲学に基づいた、見る・話す・触れる・立つという4つの柱を基本に、150以上もの具体的なテクニックがあり、高齢者、とりわけ認知症患者さんに有効だとされています。
今回は、ユマニチュード 認定インストラクターで、看護師として40年近いキャリアを持つ盛 真知子(もり まちこ)さんにインタビューをさせていただきました。
※HUMANITUDEおよびユマニチュードの名称およびそのロゴは、 日本およびその他の国における仏国SAS Humanitude社の商標または登録商標です。

盛 真知子(もり まちこ)
看護師・ユマニチュード認定インストラクター。看護師として国立国際医療センターの看護師長や専任安全管理者を経験した後、訪問看護ステーション、地域包括支援センターの看護師相談員など幅広い領域で活躍。現在は株式会社エクサウィザーズに在籍し、一般市民から医療従事者まで様々な対象に向けたユマニチュードの研修講師を務め、ユマニチュードの普及に尽力している。
ユマニチュードに出会う前から認知症患者さんとのコミュニケーションの難しさを実感していたという盛さん。そんな盛さんがユマニチュードの存在を知ったきっかけは、2011年、当時勤務していた国立病院機構東京医療センターの本田 美和子(ほんだ みわこ)医師から話を聞いたことでした。
「ユマニチュードのケア技法は、私が当時勉強していたバリデーション(※1)によく似ていたので、一体なにが違うんだろう? と興味を持ちました。
翌年の2012年に本田医師のご厚意で、フランスからジネスト先生を日本に招待。ユマニチュードを学びたい看護師など10名を集め、2週間の研修が行われました。研修では認知症の理解、記憶の仕組み、『ケアをする人とは何か』というユマニチュードで最も大切な哲学の部分やテクニックを学び、さらにベッドサイドで実践しました。
その後、ジネスト先生が来日される度に研修を受け、2013年にジネスト先生から突然、『インストラクターだ、おめでとう!』と資格を与えられたんです。当時はインストラクターの仕事に興味があった訳ではなく、“自分の看護に役立つのであれば学びたい”と思い研修に参加していたので、本当にびっくりしました」(盛さん)
※1 認知症高齢者とのコミュニケーション技法の一つ。アメリカのソーシャルワーカー、ナオミ・ファイルが高齢者の尊厳を回復し、引きこもらせない援助方法として構築した。介護を受ける側の世界を理解し、再び心を通わせることを目指している。(参考:バリデーショントレーニング協会)
“自分に必要な疑問があったら自分で調べる”という姿勢を持つ盛さんは、研修でのジネスト先生の話一つひとつに『本当にそうなんだろうか?』『それはどうしてなんだろう?』と疑問を持って臨まれたそう。
「ユマニチュードは“健康の回復”を重視するケア技法です。体育学の教師であるジネスト先生は、“生きることは動くこと”だと考えています。一方、今の日本の看護は『安静にしましょう』『病気だからやってあげましょう』とリスクを避け、患者さんからやることを奪ってしまっていると私は感じていました。
だからユマニチュードの“立たせることが健康につながる”という哲学は、私にはとても納得できるものだったんです」(盛さん)
研修でユマニチュードの良さを体感した盛さんが、職場でユマニチュードを実践していると、次第に周りの看護師も興味を示すようになったと言います。
「認知症の患者さんには、“自分たちがどう捉えられているか”を確認しながら接しないと、正しいメッセージが伝わりません。どう捉えられているかを知るためには、患者さんをよく見て意識を通い合わせることが必要です。
看護学生の頃、『相手をよく見なさい』『相手の話を聴きなさい』と言われてきましたが、具体的にそれをどう実践すればいいのかは教わりませんでした。
さまざまなケア技法がある中で、ユマニチュードでは“優しさが伝わる見方や話し方”などが具体的に定義されています。そして細かなアクションに落とし込まれ、体系化されているので、誰でも実践できるところが素晴らしいんです。
例えば病室に入室する際のノックの回数や秒数にいたるまで、細かいテクニックが存在します。ユマニチュードを知らない看護師は『なんでノックしてるの?』と驚きます。でも研修を受けたり、ユマニチュードを知りたいとケアに参加してくれた看護師からは、『ユマニチュードは看護だよね』と言ってもらえます」(盛さん)
前職で退院支援の相談員をされていた盛さんは、ターミナル期の患者さんを多く担当されていました。
「退院支援の仕事では、“ご自宅で最期を迎えたい”という患者さんの本心を聞き出すタイミングが難しいんです。例えば患者さんから『俺、死ぬのかな』と言われた時は、患者さんが本心を聞いて欲しいタイミング、こちらから患者さんの心の声を聞き出すべきタイミングです。
けれど多くの看護師は『そんなことないですよ』と答えて、それからどうしようと悩んでしまいます。かつては私もそうでした。
積極的な治療をあきらめ、ご自宅へ帰る決断をされる患者さんの苦悩を理解することはできません。けれど看護師として、今が患者さんが退院できるタイミングだと判断する知識を持ち、ご自宅へ帰るお手伝いができる知識も持っています。
だからユマニチュードを学んだことで、そのテクニックを用いて相手の近くでちゃんと目を見て、ポジティブな話を繰り出して、患者さんとの信頼関係をしっかりと築いた上で、『そう思うの? どうしたいの?(退院したいの?)』と、まっすぐに患者さんに聞けるようになったことは、大きな意味があったと感じています」(盛さん)
ユマニチュードはあくまでも患者さんとの信頼関係を築くための技法のひとつであって、患者さんにとって必要な看護を実践できる力は、経験の中で培ってきたものだと盛さんは言います。
「ユマニチュードを使うと劇的な変化が起きるというわけではありません。いつもケアを拒否する患者さんの場合でも、ユマニチュードのテクニックを用いて信頼関係を築ければ、こちらから患者さんが求めているものをスッと差し出せるし、患者さんも素直に受け入れてくれる。だから特別な何か(問題)が起きないんです。
患者さんが求めていることを読み取る力は、これまで担当させていただいた患者さん達が私に教えてくれました。
私が看護学生の頃、『人間性に対する深い愛情が看護の基本なんだ』という言葉に出会いました。この言葉と、尊敬する川島みどり先生(※2)の看護観は、私自身の看護観形成に大きな影響を与えました。看護を通してそれらを実践していく中で上手くいかない時には、患者さんが『こうしたら喜ぶんだよ』『こうしたら楽になるんだよ』とフィードバックをしてくれました。だから今の私があるんだと思います」(盛さん)
※2 看護師、健和会臨床看護学研究所 所長。日本赤十字社中央病院小児病棟勤務、同病院耳鼻科外来係長、日本赤十字看護大学名誉教授等を経て現職。1965年東京看護学セミナーを結成して以来、臨床看護の科学化・言語化を追究。多数の著書を持つ。
続いてユマニチュードのテクニックを使ったエピソードを伺うと、それまで言葉を慎重に選ぶように話されていた盛さんの表情が、一気に明るくなりました。
「ある時、病室に帰りたがらない認知症患者さんを担当の看護師が廊下で説得していました。私はユマニチュードの技法を使い、遠くから『あら素敵なお声がしますね!』と声をかけて、患者さんの目を見つめながら近づいていきました。そして、『すごく素敵なお声が聞こえたから来ちゃいましたよ。何か楽しいことでもあったんですか?』と明るく声をかけました。
患者さんは“なんだお前?”という顔をした後、拳を振り上げて『俺は外に行きたいんだ!』と大きな声で言いました。私は『そうですか。立ち姿も素敵だし、力強そうだし、じゃあ、あそこまで走っていきましょう!』と廊下の端っこを指して提案したんです。
実際には患者さんは走れなかったのですが、『すごいですね、こんなに走れたんですね』と私が褒めていたところ、ちょうど病室のほうに配膳車が運ばれて行くのが見えました。そこで配膳車を見ながら患者さんに『あら、もうこんな時間なんだ。見てください、ご飯の時間みたい』『どうしますか? お腹空かない?』と聞くと、患者さんは『空いたなぁ』と言うので担当の看護師にバトンタッチ。患者さんは無事に病室へ帰って行きました。
退院調整の部署にいた頃ですが、こういうことはよくありました。目の前で患者さんが心を開く様子を見た病棟の看護師から、『ユマニチュードを試して欲しい患者さんがいる』と相談を受けることもありました」(盛さん)(※3)
※3 この話はユマニチュードで起きた変化をお伝えしたものであり、その細やかで具体的な数多くのテクニックについて伝えるものではありません。
看護学校で7年にわたり講義を担当していた盛さんは、現場に出てから“看護観と現実の差”に苦しむ若い看護師を何人も見てきたと言います。
「看護師は技を覚えなければ患者さんの命を救えないから、必死で技を覚えます。技を覚えたら覚えたで多くの場合、大事にしてきた看護観が後回しになってしまう程忙しくなる。さらに患者さんに拒否されたらケアの時間は倍かかりますし、ケアする人も倍必要になります。
でもそんな中たった数分間をユマニチュードのテクニックを使うことに充てるだけで、患者さんとの信頼関係を築くことができ、患者さんに拒否される可能性は大きく下がる。その数分間が、患者さんと私にとって“宝物”なんです。そしてユマニチュードが当たり前になってくると、“ユマニチュードをするために時間を取っている”という意識すらなくなります。
“拘束”について悩む看護師も多いですが、ユマニチュードを用いることでその必要性を下げられると思います。それでも『急性期のこの一時だけはどうしても拘束が必要』となることはありますよ。その後、拘束を取るためにユマニチュードを使うことが大事なんです。
今までの医療のやり方はもちろん、他のケア技法もあっていい。患者さんにとってこれが必要だと思ったものは、限定せずに取り入れてみることが大切だと思います」(盛さん)
盛さんは、もっと多くの看護師にユマニチュードを知って欲しいと話します。
「看護師がユマニチュードを学ぶべき理由は、患者さんの体に直接触れてケアをする人だから、健康の回復を目指すための職業だからです。患者さんに『大切だよ』『優しいよ』というメッセージだけをしっかり伝える触れ方を身につけることは、ケアする人として当然の責務だと思います。
ユマニチュードにはそれを実践できる具体的なケアの手順が体系化されているので、しっかり学べばそのテクニックを身につけることができます。
3年ほど前から、かつて私が在籍していた東京医療センターなど一部の病院でカリキュラムにユマニチュードが取り入れられるようになりました。また本田医師を中心にユマニチュードの研究が進められていて、福岡市では一般市民向けの講座が開かれたり、看護学校での取り組みも検討されています。
インストラクターをする上で、ジネスト先生とロゼット先生が作ったユマニチュードを“使わせていただいている”ということをいつも念頭に置いています。
ジネスト先生は“教える順番”が大事だと言っています。ユマニチュードにはしっかり身につく手順が確立されていて、それを崩して伝えると上手く身につかないことがわかっているのです。ユマニチュードを知ってから教えると、面白い部分から伝えたくなる傾向がありますが、インストラクターは“教える順番”をしっかり身につけるところから始めなくてはいけません。
ケアを実践するのと指導するのでは、必要な技能が違います。インストラクターとしての苦悩は山のようにありますよ(笑)。それでもいずれは看護師が臨床に出る前からユマニチュードを学べる環境を作りたい、認知症や高齢者のケアで悩む人にユマニチュードをもっと知ってもらいたいと考えています」(盛さん)
「ケアで悩んだら、まず『もっと良いケア方法はないのかな?』と疑問に思ってください。私も自分の看護に必要だと思うものは、自分で選んで勉強してきました。どの方法も否定するものではないですし、自分で良いと思ったら何でもやってみるといいですよ。
ユマニチュードは認知症の方だけでなく、すべての方のケアに役立つ技法です。もし『ユマニチュード』に興味を持たれたならば、ぜひ研修に参加してみてください。わたしたちも多くの方が研修に参加していただけるようその機会を増やしていきたいと考えています」(盛さん)
記事を読んでユマニチュードにご興味を持たれた方は、以下のサイトより研修概要を確認することができます。
■ユマニチュード(R)研修案内
http://humanitude.care/
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