お電話でカンタン登録

0120-963-668

受付時間:9:00-21:00 (土日祝除く)

人生最後の願いをかなえるナース「自分らしく命を燃やす患者さんを、全力で応援したい」訪問看護師(株)ハレ代表 前田和哉さん

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
4384_top.jpg


余命幾ばくもない患者さんから「旅行に行きたい」と言われたら、あなたはどうしますか?在宅医療の最前線で働く訪問看護師へのインタビューシリーズ。今回は、オーダーメイドの付き添い看護サービス「かなえるナース」を手掛ける株式会社ハレ代表の前田和哉さんを取材。救急の現場で命を救っていた前田さんが、なぜ末期の患者さんの願いを叶える支援をするようになったのか。背景には、前田さんが感じていた病院医療、訪問看護事業の問題と閉塞感、人が自分らしい死の迎え方を選ぶことへの思いがありました。

プロフィール
前田 和哉(まえだ かずや)さん

前田さんプロフィール.jpg


株式会社ハレ 代表取締役・看護師・保健師。2009年に京都大学医学部 保健学科 看護学専攻を卒業後、聖隷浜松病院の救急科集中治療室に5年間勤務。臨床の現場で経験を積んだ後、2014年より都内の訪問看護ステーションに4年間勤務。数々の患者を担当するほか、事業所長、在宅医療事業部責任者などの管理職も経験。2016年より日本看護連盟役員・青年部担当幹事も務める。2018年6月、同社設立。

目次


意思確認できないまま、命をつないだICU時代
患者の人生観に触れ、「なぜ希望するか」まで理解するように
立ちはだかった保険の壁。叶えられなかった最期の願い
がんの母に捧げたフォトウェディング。変化した看護観
最期まで自分らしく命を燃やす患者さんは格好いい
人生をさかのぼって、生きがいファーストのサービスを提供したい


意思確認できないまま、命をつないだICU時代


ーー前田さんは現在代表を務める(株)ハレを立ち上げる前、訪問看護ステーションに勤務されていたとか。訪問看護の道に入ったきっかけを伺えますか?

前田:大学を卒業後、大学病院のICUに5年間勤務していました。運ばれてくるのは重篤な患者さんがほとんどで、生と死が隣り合う濃厚な現場でした。時には交通事故や脳の疾患で意識がない患者さんに、意思確認ができないまま人工呼吸器を取り付けたり、末期がんなのにたくさんの手術を受けて搬送されてきた患者さんを目の当たりにして、違和感を覚えたこともありました。「患者さんが本当に望む治療なのか?」「ご本人やご家族に正しい情報が伝わっていないのでは?」と、疑問を抱くことが何度もありました。

患者さんが運ばれてくると、病院では治療が前提になります。終末期の治療法や最期は病院へ運ぶのか、患者さんと一緒に考えて、ご本人の意思を尊重したケアをしたいと、訪問看護の世界に入りました。

患者の人生観に触れ、「なぜ希望するか」まで理解するように


——訪問看護師になってみて、どうでしたか?

前田:まずナースコールに振り回されないことと患者さんを待たせないことが、こんなにも良いんだと気付きました。患者さん宅に定期的に伺い、1時間なら1時間マンツーマンでお話して、その方の価値観や人生観に沿ったケアをできます。

病院では基本的に病院側が決めたスケジュールに沿って治療していくので、患者さんはどうしても医療優先の過ごし方になります。でも訪問看護では違います。僕らが患者さんの生活領域に入り、患者さんに合わせます。時には患者さんの様子を伺いながら、ドキドキしてケアの方法を探るという、病院ではなかなか味わえないこともありますが、患者さんはなんだか嬉しそうなんです。それがサービス業本来の形だと思います。訪問看護をやるようになって、患者さんが「何を希望されているか」だけでなく、「なぜ希望されているか」まで理解しようとするようになりました。

訪問先_患者宅.jpg

病院を退職後、訪問看護ステーション勤務時代の前田さん。救急から在宅医療へのキャリアチェンジに、驚く人も多かったそう

——当時、どんな患者さんを担当しましたか?

前田:脳梗塞を患ったおばあさんが印象に残っています。その方は小学生のお孫さんから、「おばあちゃんが死ぬまでにやりたいことって何?」と聞かれて、3つの願いを挙げたそうです。だけど2つ目を叶えたところで容態が急変し、意識不明の状態で病院に搬送されました。するとご家族が、「訪問看護師さんがいるから自分たちで看取れます」と病院に伝えて、おばあさんを自宅に連れて帰りました。3つの目の願いは親族一同で集まることでした。おばあさんはそれが叶うまでがんばって生きて、その日の午後に天国へ旅立ちました。僕はその瞬間に立ち会って、不謹慎かもしれませんが、最期まで命の炎を燃やしたその方の生き様は、本当に素敵だと思いました。

——強い意志と生命力のつながりを感じます。

前田:そうですね。訪問看護では、ご家族にも向き合えるようになりました。そう感じたのは、脳の病気を患った終末期のお母さんを、自宅で介護している娘さんを担当したときからです。初めて訪問すると疲労でフラフラのご様子で、今にも倒れそうでした。聞けば娘さんはひと晩中、お母さんの体位を変えたり、痰を拭ったりしていて。さらにお母さんがご病気の影響で大きないびきをかくので、眠れない日々が続いていたそうです。

見るとお母さんはすごく大きな枕をしていて、それがいびきの原因になっていました。すぐバスタオルを枕代わりに敷いてお母さんの頭の位置を下げ、ベッドも自動で体位交換できるタイプに変更しました。すると娘さんは以前よりよく眠れるようになって、程なく体調も戻りました。でもこちらから訪問看護の回数を大幅に増やす提案は、しなかったですね。

——なぜですか?保険内ならなるべく多く訪問看護を入れたほうが、娘さんの負担は減りますよね。

前田:ご家族にとって、介護をやりきった感覚が大切だからです。それが無いと、患者さんが亡くなられた後、後悔につながりかねません。一方で、娘さんからは介護退職も考えていると相談を受けましたが、僕たちはやんわり止めました。ご家族はご本人に1分1秒でも長生きしてほしいので、長期で介護できる態勢を作ろうとします。でもご家族が考えるほど残された時間は長くないことが多いですし、ご本人が亡くなられた後もご家族の人生は続きます。ご家族には、なるべく後悔の少ない選択をしていたただくように働きかけていました。

前田さんインタビューカット01.jpg


立ちはだかった保険の壁。叶えられなかった最期の願い


——ご家族も含めたケアは、訪問看護が担う大切な役割ですよね。

前田:はい。でも保険適用の訪問看護サービスには、限界があります。看護師が訪問一回あたりに使える時間は決まっているし、業務時間には訪問スケジュールが詰まっています。だから現状維持が中心で、プラスアルファの看護は思うようにできませんでした。

さらに想像と違っていたのは、終末期の患者さんの多くは「死ぬまでにこれをしたい」などと言わないこと。実現できそうにないことはそもそも考えないという方もいるでしょうし、僕が患者さんの願いを掘り起こせていなかったのかも知れません。なかには「旅行に行きたい」「墓参りに行きたい」とおっしゃっていた方もいましたが、こちらから具体的な提案をできず、すごくもどかしかったです。

末期がんを患い、訪問するたびに「もう一度箱根旅行に行きたい」と言っていた患者さんがいましたが、ご希望を叶えられませんでした。その方が吐血して最期に病院まで運ばれた時には、夜中にバイクを飛ばして会いに行きました。お顔も真っ白になって、息も絶え絶えの状態で。その光景は目蓋に焼き付いています。

がんの母に捧げたフォトウェディング。変化した看護観


——それで保険適用外の訪問看護サービスを手掛けられるようになったんですね。

前田:きっかけは、当時婚約していた妻の母にがんが再発したことでした。彼女から義母の調子が悪くなっていることと飲んでいる薬の種類を聞き、余命が短いことを知りました。それで彼女と話し合って、義母を少しでも安心させるためにフォトウェディングを挙げることにしたんです。会場は病院近くの写真館で、当日は僕のほうが早く準備を終えられたので、義母に痛みが出ないように薬を早めに飲んでもらったり、体温を調整したりしながら、彼女を待っていました。彼女が支度を終えて出てくると、義母は本当にうれしそうで、しんどいはずなのに笑顔で「一生の思い出だね」と言ってくれました。

僕はそれまでICUや訪問看護の現場で働いてきて、患者さんに明るい未来を提供できないことが悔しくて、無力感も覚えていました。でも義母のことがあって、「病気や怪我で動けない患者さんの声を聞き、願いを叶えることで、患者さんに再び生きるよろこびを味わってもらえる」それが分かって、大きな衝撃を受けました。

——看護師として感じていた限界や閉塞感が、お母さんのできごとを通して、会社設立の想いに変わっていったんですね。

前田:近年、医療環境の変化によって、看護師は多忙になっています。多くの看護師が病気や怪我で苦しむ患者さんの助けになりたいとこの世界に飛び込んだのに、疲弊してしまい、それでも患者さんのためにと精一杯働いています。そんな状況だからこそ、一人でも多くの看護師に、僕が義母のことで得た気付きを共有したいんです。そうすれば看護を続けたいと思う人が増えるはずです。それで2018年、ハレを立ち上げました。

最期まで自分らしく命を燃やす患者さんは格好いい


——現在は、(株)ハレの代表としてオーダーメイドの看護サービス「かなえるナース」を提供されています。そのなかで大切にしていることは何ですか?

前田:まずは、思いやりに溢れたサービスを、細部までこだわり、敬意を持って提供することです。そして現在の医療は、医療従事者の自己犠牲の上に成り立っている側面もあるので、患者さんとご家族はもちろん、僕たち看護師の心が動くことも大事にしています。

——看護師のためのサービスでもあるんですね。どんな方がサービスを利用されていますか?

前田:重い病を抱えた患者さん、あるいはそのご家族からの依頼で、病院からの一時帰宅や結婚式・旅行などの大切なイベントへの参加をサポートすることが多いですね。

挙式_2ショット.jpg

最初の依頼は、末期がんのお父さんに結婚式へ出席してほしいという娘さんから。依頼内容はその後、旅行、帰郷、引っ越しなどへと広がっていった

最近では、脳幹梗塞で身体を動かすことも言葉を発することもできない女性の患者さんを、伊豆に一泊二日でお連れしました。その方は元気な頃、退職してご夫婦で伊豆でペンションを経営されていたところ、病に倒れました。都内で入院生活を経て、施設に入居されていたのですが、ご夫婦がかつてペンションを経営していた場所をもう一度みんなで訪れたいと、ご家族からご依頼をいただきました。

旅行にはスタッフとして僕が同行し、施設では経管栄養などもあったのでそれを移動中と宿泊先で再現しました。途中、患者さんが発熱してその場にあった小型扇風機の風を当てて対処したり、夜中、患者さんの咳が一時的に止まらなくなったりと、色々ハプニングはあったものの、何とか乗り切りました。そして旅のしめくくりには、旦那さんがギターで弾き語りをプレゼントしたんです。

すると体を動かせないはずの患者さんが、両手首をお腹の上で合わせるような動きをしました。もしかしてと思い、2曲目を披露してもらうと、患者さんはやっぱり拍手をしていました。そして口をパクパクさせて、「ありがとう」とおっしゃいました。ご家族もご友人も、その場にいた方は感激して泣いていました。

——願いを叶えるために、患者さんは時に信じられない変化を見せてくれるんですね。

前田:皆さん変わります。重い病で自由を奪われたり、最期が近づいてきたりすると、落ち込んだり、無気力になって体力が落ちたりする患者さんもいます。でも当社でサポートした方は、生きることに再び意味を見出されたからか、表情や仕草が変わって、大きな力が湧いてくることがよくあります。

他にも、末期がんを患った60代の女性から、大好きな山梨県の石和温泉にご家族と一緒に行きたいと依頼をいただいたことがありました。露天風呂に入ることがご希望だったので、女性の看護師を現地で2人手配して、ロッカーの方から10メートルくらい酸素チューブを伸ばして入浴してもらいました。

宿ではほうとうと蟹を召し上がり、ご機嫌だったのですが、帰宅して3日後に容態が急変しました。僕が会いに行ったら意識も薄れていて、危篤状態でした。そんななか患者さんは僕の手を握って、「旅行、楽しかったよ」と力を振り絞って伝えてくれました。「今しかない瞬間に立ち会えること」は、この仕事の大きなやりがいです。

——そうした患者さんたちの姿を見て、訪問看護師として一人の人間としてどう感じますか?

前田:すごく格好いいですね。患者さんは願いを叶えるため、移動したり普段と違う環境に身を置いたりすることで、体に負担がかかります。実際それで疲れて、体力が落ちてしまう患者さんも少なくありません。だからこそ実行されたご本人とご家族はよく決断されたと思うし、かけがえない感動と思い出を手にされます。

静かな死を希望される方も多いですが、最期に願いを叶えて命を燃やし、勢いよく人生のゴールテープを切る方もいます。僕はそういう患者さんを全力で応援できることを、誇りに思います。

温泉.jpg

家族で毎年訪れていた温泉にもう一度行きたい、という願いを叶えた末期がんの女性

人生をさかのぼって、生きがいファーストのサービスを提供したい


——死生観が多様化するなか、これから訪問看護事業者としてどんな役割を担っていきたいですか?

前田:訪問看護全体で見れば、ある程度の事業規模で、末期や難病の方を地域で手厚くサポートできる事業者が強く求められています。そのなかで当社は提供価値を広げて、より多様な生きがいを支える役割を担っていきたいと考えています。これまでの経験をもとに、終活やACP(※)の活動も積極的に進めていきます。そして近い将来、シニア専門の芸能事務所を立ち上げて、高齢者の皆さんが活躍できる場を提供してみたいですね。

——シニア専門の芸能事務所ですか?ICUから訪問看護、ACP、高齢者の活躍応援と、前田さんは人生をさかのぼってサービスを展開されていくんですね。

前田:訪問看護ステーション勤務時代、糖尿病を患ってご自宅でじっとされている患者さんがいらっしゃったんですけど、実は日本舞踊の世界では名の知れた方だったということがありました。今の時代、そういう方がもう一度活躍できる場所は、なかなかないですよね。一人でも多くのシニアの方に、なるべく早い段階でご自身の生きがいやよろこびに気付いてもらい、最期までそれを持って輝いていけるような仕組みを作ることが、自分の使命だと思います。これからも「生きがいファースト」のサービスを届けていきたいですね。

前田さんインタビューカット02.jpg

※ACP…アドバンス・ケア・プランニングの略。どのような最期を迎えたいかなど、将来の医療・ケアについて、事前に患者とご家族、医療・ケアチームなど関係者が繰り返し話し合い、患者の意思決定を支援するプロセスのこと

cta_banner_070.jpg