「今辞めたら奨学金180万…」適応障害になった看護師1年目が、苦渋の選択で得た“重い教訓”

看護師4年目のKさんは、現在、訪問看護師として働いている。1人で利用者さんのもとへ向かい、車の中で記録をつけ、必要なときは電話で先輩に相談しながら、自分のペースで仕事を積み上げ、充実した毎日だ。

でも、そこにたどり着くまでには大きな壁があった。病院奨学金を抱えたまま1年目で休職・退職を経験し、「辞めたいのに辞められない」という葛藤の中で長い時間を過ごしてきた。

「今だから笑い話にできるけど、本当にきつかった」と、Kさんは静かに振り返る。同じように悩んでいる人に向けて、自身の経験を話してくれた。

プロフィール:Kさん/看護師4年目

地方出身。医療事務として働きながら看護師を志し、社会人入学で看護学校へ。病院奨学金を借りて就職するも、1年目に適応障害で休職・退職。その後、療養病院での勤務を経て、現在は関東の訪問看護ステーションで働く。

※1※2 調査方法:インターネット調査/調査期間:2024年2月7日~2月13日/調査概要:「看護師転職サイト」を対象としたユーザー満足度調査/調査対象:男女、全国、看護師・准看護師資格保有者かつ対象看護師転職サイト利用経験者、20~29歳 107s(※1)、20~34歳 175s(※2)/調査実施:株式会社エクスクリエ/比較対象サービス:「看護師転職サイト」主要10サービス(専用サイトのあるサービスのみ・求人結果の表示ページは除く)

「奨学金があるから辞められない」1年目で限界を迎えるまで

白石: Kさんが奨学金を借りることにしたのは、どんな経緯からだったんでしょうか。

K: もともと医療事務として病院で働いていたんですが、看護師を目指して看護学校に入り直したんです。社会人からの入学だったので、親の援助はなく自分でやりくりしなきゃいけない状況で。病院の奨学金制度を使うことにしました。毎月5万円が支給されて、3年間で180万円。卒業後に同じ病院で3年間働けば返済はいらない、途中で辞めた場合は全額返済という条件でした。

白石: 借りる前から、条件についてはどのくらいイメージがついていましたか。

K: 私は社会人だったので自分1人で契約したんです。病院も事前に調べましたし、医療事務の経験から病棟の大変さもある程度わかっていて。社会人で親の援助もない状態だったので、毎月5万円の支給は学費にも生活費にも、本当に助かる金額でした。でも、「3年頑張れば返済不要」という条件は、ありがたい反面、ずっと頭の片隅にある重さがありましたね。

白石: 高校生で何がなんだかわからずに契約、というわけではなかったんですね。実際に看護師として病棟で働き始めてみて、どうでしたか。

K: 仕事は思っていた以上にきつかったです。A先輩に「この仕事をやりなさい」って言われてやったのに、B先輩には「なんでその仕事してるの」って言われたり。先輩に質問してその通りにしたら、次の日上司に廊下に呼び出されて、「なんでそんなことをしたんだ」って10分くらい詰められたり……。誰の言う通りにすればいいのかわからなくなって、何が正解なのかもだんだん見えなくなってきて。

それでも「奨学金があるから辞められない」「あと2年頑張ればチャラになる」と思って踏みとどまっていました。

白石: 「辞めたい」という気持ちはずっとあったんでしょうか。

K: ずっとありました。当時遠距離で付き合っていた彼からも「その病棟はおかしい、辞めてこっちに来なよ、お金くらいどうにでもなる」ってずっと言われていて。でも3年働けば奨学金がチャラになるのに、今辞めたら全額返済。しかもまだ1年目で、何も身についていないのに辞めたら、この先のキャリアはどうなるんだろうって。

お金のこともキャリアのことも、両方が頭にあって、なんかずっと、「いや、でもやるしかないから」っていう気持ちだけでなんとかやっていた感じですね。

白石: ただ、踏みとどまりながらも、だんだん限界になってしまったと。

K: そうですね。実は、症状が出始めたのは1年目の夏頃、コロナの影響で病棟がとても忙しい時期でした。それまでは定時で帰れていたのに、急に帰れなくなって。だんだん「何のために働いてるんだろう」って思うようになって、あれが多分、引き金だったんだと思います。

でも自分の変化には、なかなか気づけなくて。典型的なうつ症状というか、眠れない、涙が出る、食欲がなくなるような症状はあまり出なかったので。

最初に変だなと気づいたのは、銀行に行けなかったことでした。朝の5時から起きていたのに、15時の閉店ギリギリまで準備ができなかった。頭では準備しなきゃってわかっているのに、体が動かない。最初はただ怠けていただけ、くらいに思っていたんですけど。

そのうち部屋が片付けられなくなって、お皿も洗えなくなって。水は出すんですけど、なんとなく洗えないなって自分でもわかって、止めて、みたいな。電卓の使い方や時計の読み方がわからなくなったりもして。「なんかおかしいな」とは思っていたけれど、忙しくて自分を振り返る余裕もなかったんです。

白石:そうだったんですね。「もう無理だ」と思ったきっかけは何だったんですか。

K: ある夜、遠距離の彼氏に「連休はどうする?」と聞かれて、ふと「何の話をしてるんだろう。私そのとき、もうこの世にいないのに」って、すごく前向きに考えていたんです。自分がいなくなったらこの世界はハッピーになる、みたいな感じで。そこで初めて、自分はやばいって気づきました。

知人の精神科看護師さんにLINEで状況を伝えたら、すぐに「電話できる?」って連絡が来て。3時間かけて話を聞いてくれたんですが、「入院一歩手前だよ。あと半年は無理して働けるかもしれない。でもその半年後、たぶん心は戻れないよ。だから今のうちに休みなさい」って言われて。その言葉があって、ようやく翌日師長に「もう行けません」と電話できました。精神科を受診したら、最初は適応障害の診断で、でも投薬が続くうちに薬の量はうつ病の水準まで増えていきました。

父と2人で向き合った、病院との長いやり取り

白石: 「もう行けません」と連絡してからは、どうなったんでしょうか。

K: 休職するまでは別にそこまで精神状態はつらくなかったんですが、休んだ瞬間から、恐怖感だったり、この先どうなるんだろうっていう言葉にできない焦りみたいなものが一気に来て。

これは今でも忘れられないんですが…なんというか、これから殺人鬼が家に来るってわかってるのに逃げられない感じの恐怖感がずっとありました。夜も眠れなくて、外にも出られなくなってしまって。30歳になって母親の手を握って寝ていました。母が「もう辞めなさい、お金なんていい」って言ってくれたんですけど、いや、自分がうまくできなかったからって、自分を責めていて……。

白石: 退職を決めるまでも、時間がかかったんですね。

K: そうですね。症状が出始めてから約半年、何とか働いて、そこで休職に入りました。1か月ごとに休職を延長しながら3か月が過ぎて、師長と面談を重ねる中で、「戻れない」という感覚がようやく自分の中で現実になっていきました。

退職を決めたとき、私はほとんど言葉を発せる状態じゃなかったので、父が看護部長との面談に同席して代わりに状況を説明してくれました。看護部長は病院側の管理体制に問題があったことを認めてくださって。資格を活かして、医療事務としてやっていく形でもいいですよと譲歩してもらえました。当時の私の状態では、とても現実的に考えられる余裕はなかったのですが…。

白石: 奨学金の返済については、その後どのように進んでいったんですか。

K: 「本人との契約だから本人と話したい」というのが病院側の意向だったんですが、当時は病院の名前を目にするだけで動悸がしてしまう状態で。父が仲介役になってくれて、「娘の精神状態が落ち着くまで待ってほしい」と伝えて少しずつやり取りを進めてもらいました。払う意思はずっとあったんです。でも支払いのたびに病院名を目にしなきゃいけないことのほうが、金額の問題よりつらくて。払いたいのに払えない状態が長く続きました。

退職から半年後、1年後と病院から連絡が来るたびに状態が崩れて、その都度父を通して時間をもらう、というやり取りを繰り返していました。

白石: 最終的にどういう形に落ち着いたんですか。

K: ようやく書面でのやり取りができるようになってから、1年間勤務した事実を踏まえて奨学金の減額配慮を求める内容を送りました。そうしたら病院側から「制度上で最大限できる免除は半額」という提案をいただいて。看護部長が管理体制の問題を認めてくださっていたことと診断書が出ていたことが、1つの材料にはなったと思います。

それで、今は半額の90万円を分割で、月々1万円程度返しています。……ただ、こういう形になるまでに本当に長い時間がかかりましたし、父がいなかったら到底できなかったと思います。うまくいったのはいくつかの条件が重なったからで、病院の規定や契約も個々で違いますし、誰でも同じようにできるとは言えない……それが正直なところです。

編集部より📝
Kさんのおっしゃる通り、奨学金の条件は病院ごとに異なります。
レバウェル看護には、お礼奉公を抱えて相談に来られる看護師さんが多くいらっしゃいます。今のご状況や、あなたに合った職場選びなど、一度お気軽にご相談ください。転職するかどうか、またそのタイミングも含めて、条件を把握してから決めて大丈夫です。

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「給料より、働ける場所を」訪問看護を選んだ理由

白石: 初めて転職活動をしたとき、収入や返済のことで不安はありましたか。

K: もちろんありました。でも1か所目の病院を経て、いくらお金をもらっても心が壊れるダメージの大きさを痛感していたので、働きやすい環境であることを最優先に探しました。

2か所目の療養病院には、休職・退職の経緯も全部正直に話しました。隠したほうがいいのかとも迷ったんですが、全部承知の上で来てほしいと言ってくれて。そこで初めて自分の状況を受け入れてもらえた感覚があって、少しずつ自分を取り戻せました。

でも、主治医から夜勤にストップがかかっていたこともあって、働き方に制約がある状況が続いていて。在宅看護への興味もあったし、これから彼と入籍して子どもを産んでってなったときに、身寄りがない土地で夜勤ありの病棟勤務を続けていけるか自分に問いかけたら、無理だなって。じゃあ訪問看護に行ってみようって思いました。

白石:3つ目の職場として訪問看護に転職して、給与面の変化はどうでしたか。

K:夜勤がなくなる分の変化はありますが、引っ越しでエリアが変わったこともあり、それほど下がらず、月の手取りが27万くらい。極端に下がるわけでもない印象です。オンコール手当や残業代が加わる場合もあるので、病棟と大きく差がつかないことも多いと思います。ただ、これも職場によって全然違うので、しっかり条件を確認してから選ぶことが大事だと思います。

編集部より📝
訪問看護の給与は、エリアや事業所によって幅があります。
レバウェル看護にご相談いただくと、お住まいのエリアの給与相場やご希望に合う求人をお伝えできます。

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環境が変わると、看護が変わる

白石: 今の訪問看護での仕事は、病棟と比べてどう変わりましたか。

K: 先輩との戦いから、自分との戦いになった感じがしますね。自分の知識だったり、看護力だったりっていうところと向き合う仕事になったので、私の中では余計なものが排除されたっていう感覚があります。記録も連携も全部つながって感じられるようになって、「看護をしている」って実感できるようになったのが、一番大きい変化だと思います。

白石: 独り立ちして先輩の目がなくなる不安はなかったですか。

K: 最初はありました。でも最初の3か月は先輩と全部同行してしっかり学べましたし、訪問中に迷ったらその場で上司や先輩に電話して相談できる。半年くらいで「とりあえずやっていけそう」という感覚がついてきました。不安がなくなるかって言われれば、ずっと不安はあるんですけどね。不安と付き合いながらやっていくのが訪問看護かな、とは思います。

白石: 休みや生活面でも変化はありましたか。

K: 土日祝日がしっかり休めるようになって、体感がまったく変わりました。病棟のときは完全シフト制で、平日にぽんと1日休みがあっても、なんか休んだ気がしなくて。今の職場でゴールデンウィークに5連休もらえたのも、看護師になってから初めての感覚でした。

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奨学金で悩む後輩へ、伝えたいこと

白石: 「奨学金があるから辞められない」と今まさに悩んでいる後輩看護師に、伝えたいことはありますか。

K:未だに、後遺症が残っているんです。頭の中の引き出しが昔ほど引き出せなくなったとか、疲れやすくなったとか。ここまで耐えて結果が半額免除だったので、それだったらもっと早く動けばよかったと思っています。体を壊してまで続ける必要はなかった、というのが正直な気持ちです。

でも、お礼奉公の支払いに関しては、交渉が必ずうまくいくかというと、状況によるので、簡単に「すぐ辞めても大丈夫だよ」とも言えなくて。私の場合はいくつかの条件が重なって、ああいう形になれたというだけで。

白石: それでも、一歩踏み出せない人へ何か伝えるとしたら。

K: おかしいなって思った時点で、まず1人で抱え込まないでほしい。私は知り合いの精神科看護師のつながりがあって、本当に助けてもらいました。

専門家でなくても、信頼できる人に話すだけで、自分の状況を客観的に見てもらえることがある。それだけでも、全然違うと思うので。自分が未熟だったからって、ずっと自分を責めていたけれど、今はもう、職場の環境が合わなかっただけだったんだなって思えるようになりました。同じように自分を責めている人がいたら、「そうじゃないかもしれないよ」って、伝えたいです。

メンタルが壊れたら本当に人生が変わってしまうので、病む前に、早めに誰かに話してほしいなって、心から思います。

レバウェル看護より

今回は、奨学金を抱えて1年目で休職・退職を経験し、回復まで長い道のりを歩んできたKさんにお話を伺いました。「体を壊してまで続ける必要はなかった」という言葉は、つらい経験を越えてきたからこその重みがありました。

同じように悩む看護師さんと数多く向き合ってきた「レバウェル看護」のキャリアアドバイザーの視点から、メッセージをお伝えします。

キャリアアドバイザー湯泉 

お礼奉公で奨学金を抱えたまま「辞めたいけれど辞められない」と感じている看護師さんは、本当にたくさんいらっしゃいます。

お金が絡むことですから、転職が必ずしも唯一の正解だとは私たちも思っていません。返済の条件も、置かれた状況も一人ひとり違います。

ただ、今回のKさんのお話にもあったように、心や体を壊す段階まで我慢してしまうことには、どうしても心配な面があります。辛い中で過ごす毎日は、仕事だけでなく、人生そのものを後ろ向きにしてしまい、回復にも時間がかかることが多いためです。奨学金返済はもちろん大切ですが、そのために無理を重ねてしまうと、その後のキャリアに影響する場合もあります。

だからこそ、少しでも「おかしいな」と感じた時点で、1人で抱え込まずに誰かに話してみてほしいのです。信頼できる周りの人でも、家族でも、私たちのようなアドバイザーでも構いません。早めに状況を整理できれば、我慢一択ではない選択肢が見えてくることも少なくありません。

人生は、仕事だけではない。私はそう思っています。仕事は、あくまでもあなたの人生を彩る大切な一部です。

今いる環境が、看護師としてのキャリアだけでなく、人生全体を通して自分を豊かにしてくれる場所なのか、少しだけ立ち止まって考えてみてください。

選択肢や今後のキャリアに迷ったときは、お気軽に私たちアドバイザーに相談してくださいね。

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 取材・執筆
白石弓夏
看護師兼ライター。看護師歴17年以上。小児科、整形外科、派遣など多様な現場を経験。現在は整形外科病棟で非常勤として勤務しながら、ライターとして活動して8年以上。最近の楽しみは、仕事終わりのお酒と推しとまんが、それと美味しいごはんを食べること。著書に『Letters~今を生きる「看護」の話を聞こう~』。
お読みいただきありがとうございました!
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コメント

  1. 新人

    体を壊してまで続けるべき仕事はないですね!自分も良く考えようと思いました。

  2. 御礼奉公

    私は奨学金借りなかったですが、奨学金返済のために御礼奉公で3年ブラック病院で働いて毎日辛い思いをしてる看護師多いです…もちろん借りれる良さもあるけどおすすめはしません。

  3. 矢上

    奨学金借りて3年働く途中で上司に相談して異動ができて、なんとか続けられました。異動ができなかったら辞めようと思っていました。

    周りには看護師も、看護師以外でも、体調を崩して復帰に悩んでいる友人が複数人いたので、合わない環境で無理に働き続けるのは考えものですよね。奨学金を借りていればお金が関係するので、悩ましいですが・・勇気を持って体験談を話してくれて、ありがとうございます。

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