
話を聞いたのは、小学2年生の息子さんを育てるかたわら、小児科クリニックでパート勤務する飯田さん。
専業主婦でブランクが10年あった中、とあることをきっかけに看護師として復職することを決めたのだそう。そして、復帰先はなんと未経験の「小児科」でした。
ブランクからの復帰先を迷っている方、クリニック・小児科に興味があるけど自分に向いているかわからない…とお悩みの方は、彼女の考え方を覗いてみてください。
ーーまずは簡単に経歴を伺ってもよろしいですか。
飯田:はい。新卒で大学病院に入って7年働き、そのあと訪問看護と特養を経験しました。夫の転勤でアメリカで2年過ごし、帰国後は妊活、出産、子育てで10年のブランクが空きました。
2021年に未経験で小児科クリニックに入職して、いま4年目です。

ーークリニックは4年目とのこと。どんな勤務形態で働かれていますか。
飯田:自宅近くの小児科クリニックで、パートとして週に3、4回働いています。
子どもが保育園の頃はフルタイムだったんですが、今は小学校低学年なので帰ってきたときに家にいてあげたくて、午前中の診療時間だけにしてもらっています。

ーーご主人の転勤でアメリカにいたとのことで、クリニックで働くまでの流れを伺いたいです。
飯田:帰国してから、妊活・出産・子育ての時期で、看護師としては10年のブランクが空いたのですが…。
ーー何か復帰のきっかけがあったのでしょうか?
飯田:今のクリニックが、先代の院長先生の頃から60年以上続く小児科なんですね。私と息子、親子2代で通うほど馴染みがあって。息子を連れて行ったときに看護師が足りないと聞いてはいたのですが、小児科経験もないし他人事のように聞き流していました。
でもきっかけがあって。2020年に、私の親友ががんで亡くなったんですよ。
見つかった時点でステージ4の手の施しようがないがんで、私は彼女の数ヶ月間の戦いを近くで見ていました。
彼女は「病院とか大嫌い!注射なんてとんでもない」という怖がり屋さんだったんですが、化学療法のために入院しなきゃいけなくて、現実を突きつけられてすごく辛い思いをしていて…初めて抗がん剤治療を受けるときに、怖くてドキドキして涙が出るほどだったそうで。
でも、腫瘍外来の看護師に話を聞いてもらって、手を握ってもらったら、震えが止まったと言うんですね。
そんな経験をした彼女が、私に「あなたは、看護師として長きに渡ってこんなことをしてきたの?すごいわ」と言ってくれたんです。
彼女が亡くなった数ヶ月後、お世話になっているクリニックで看護師が足りないという話をまた聞いて、「これって、私が今やるべきことなんじゃないかな」と思って、彼女に背中を押されたように復帰を決めたんですよね。

小児科はやったことないしブランクも10年と長かったから、今更こんなベビーたちの予防接種のプログラムなんて覚えられないよとも思ったけど。
でも、その時点で自分の子どもが4歳だったので、その経験値と、なんかできるような気がするという根拠のない自信があって。いいや、やりながら覚えよう!と思って飛び込みましたね。
ーー未経験で小児科に飛び込んでみたとのことですが、働き始めてやっぱり大変だなと感じたことはありますか?
飯田:小児科特有の疾患もありますし、いかんせん0歳時からの予防接種が多いんですよ。何歳から何歳までにこれを、何年後にこれを打たなきゃいけないとか、すっごく細かいので、そこは難しさがありました。
ーー小児科看護師になる前に勉強や準備をされたのでしょうか。
飯田:そうですね。私の小児科看護は教科書レベルで止まっていたので、入職のタイミングで教わった「よくある疾患」について、全部下調べしました。
ただ、発疹が出ると勉強はしていても、その発疹を実際に見たことがないから、どんな状態を指すのかがわからなくて。だから実際に患者さんを見て、こういう感じねと実体験で覚えていきましたね。やっていくうちに、頭の中で点と点が繋がっていく感覚があって面白かったです。

ーー10年間のブランクは影響しましたか?
飯田:案外大丈夫でした。不安があったのは看護技術面だけで、特に採血は10年ぶりだったのでドキドキしましたね。
ーーそうなんですね。ブランクがある方の参考になりそうです。
飯田:それまでの経験量にもよるとは思いますが、不安だと思っていても、案外勘って戻ってくるんですよね。
私の場合は、復帰してから3~4ヶ月で「あーこういう感じね。やっと回転してきたな」と実感できました。そこから、足りていない知識のインプットをこの3年間やってきました。まだ不完全な部分も多いので、引き続き勉強は必要だなと思っています。
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ーー小児科クリニックならではの良い点を教えてください。
飯田:近所のクリニックなので、知っているお子さんがいっぱい来るんです。
保育園のときの友達って小学校はバラバラになるので、子どもたち同士は年に1回会うか会わないかなんですが、私は定期的に子どもたちや、そのパパママにも会えるのが面白いですね。

大きくなったな〜、人見知りするようになっちゃったの?と成長を見られて、親戚のおばさんみたいに嬉しくなっちゃうんです。病気で来てるのにね。
ーー今の職場は人間関係も良いんだとか。
飯田:そうですね。人間関係がすごく良いから、働きやすいしストレスがない。人間関係が原因で仕事に行きたくないとか辞めたいと思うことも、まったくないです。
ーー同僚はどんな方が多いんでしょうか?
飯田:院長先生が穏やかな方だから、事務さんも含めて嫌な人がいないんです。優しさって伝染するでしょう。
それに、たまたま看護師みんなが子育て経験者なので理解があります。看護師が5人いる中で子どもの年齢はうちが一番低いから、どうしても迷惑かけちゃうことが多くて…。
つい先週も休み明けの月曜日ですっごく忙しいときに、学校から熱が出たから迎えに来てくれと電話がかかってきて、院内はとっ散らかった状態なのに、「いいよいいよ、すぐに行きなさい」と気持ちよく出してくれました。
ある程度人生経験を積んだ人が集まっていて余裕があるのは、クリニックならではかもしれませんね。
ーー人間関係って外からは見えづらいと思うんですが、見極める方法ってあったりしますか?
飯田:自分が患者として通ってみて、病院や門前で仲良くしている薬局の雰囲気を見に行くのはありかもしれませんね。人間リトマス紙です(笑)。
ーー大変なことはありますか?
飯田:癖のある患者さん、ご家族はやっぱり来ますね。
でも、それもまた人生経験と言ってしまえばそれまでなんだけど、吸収できることが多くて面白いんです。
ーー人生経験と捉える、なるほど。クリニックだと患者さんが入院していなくて、関係性が少し遠いからこそ割り切れる部分もあったりしますか。
飯田:それもあります。厄介な人が来たなと思っても、やっぱり1日経てば忘れちゃうから。
それで1か月後くらいに「また来たな」とか、そういうのは常にあります。でもだから嫌ということもなく、「こういう人もいるよな」「こういう風に心配しちゃうんだな~」と思うだけです。自分が年を取って、すごく柔軟になれたのかな。
これまで看護師として複数の場所で働いて、専業主婦もやって…その全部が自分の経験値に繋がっていると思いますね。
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臨床看護師を辞めて治験コーディネーター(CRC)へ転身!「10年続いたのは、仕事も人間関係も新鮮だったから」
ーー「経験値」という点で、次は一番長く勤めた大学病院の話を聞きたいです。
飯田:新卒の頃、本当は救命に行きたかったのですが、配属されたのは第3希望オペ室でした。大学病院なので、5年もいたら一通りのオペを経験できて、「もうやり切った!」と満足しましたね。
その間に救命よりも脳外をやりたい気持ちが強くなったので、希望を出して脳外科病棟へ異動しました。
ーーそれで脳外科に2年いたんですね。大学病院の退職理由はなんだったのでしょうか?
飯田:身体的にも精神的にも辛くて疲れたのが理由です。
脳外科病棟では、脳に疾患があって動けない患者さんが多いです。夜勤で2時間おきの体位交換におむつ交換、車椅子への移乗。仕事内容が体力的にかなり厳しくて、腰痛ヘルニアにもなりました。
患者さんは意識障害があってうまく話せないのですが、代わりにご家族からのリクエストが多く、その対応が大変でした。家族からの「いま絶対こう思っているはず。だからこうしてほしいの」という要望がずっと続くんです。

師長さんも非情な方で、たとえば妊娠中のスタッフがつわりで辛いときも「でも別に病気じゃないから。穴空いちゃうとシフト埋められないでしょ」と、思いやりに欠ける発言をよくしていました。
たとえ仕事が大変でも、上司がすごく良ければ、この人のために一生懸命やりたいと思えたかもしれないけど。
ーー当時7年目ということで、もう少し頑張って出世して…みたいなことは考えなかったですか。
飯田:身近にそんな師長さんを見ていたから、結局行く末はこうなっちゃうのか…と思うと出世は考えなかったですね。
それで、「もういいかな!一旦全部1回辞めよう!」と思ってスパッと辞めたんです。お金も貯まっていたし。
ーー思い切ったんですね。辞めたときはどんな気持ちでしたか?
飯田:辞めた瞬間は…もう開放感しかなかったです。あーこれでもう自由。好きなときに起きて好きなときに寝ていいんだと、心が軽くなりました。
当時うつ病ではなかったけれど、出勤時の山手通りの交差点で「あー今あのダンプに轢かれたら今日行かなくていいんだけどな」とか考えちゃうことがあったんですよね。
全然仕事には行くし、普通にこなせちゃうんだけど。そこからの解放だから相当でした。
ーーちなみに、そんな大学病院での経験は今のお仕事にも生きていると感じますか。
飯田:そうですね。小児科でオペ室の技術は使えないんだけど、目の前の子がこういう病気でこのオペをするとなったときに、それだと何分くらいかかるとかがわかります。そこはちょっと役に立っていると思うし、繋がっていますね。
戻ることはこの先ないですが、大学病院の病棟でのキツい経験があったからこそ、今ならどんな仕事もできるぞとは思いますよ(笑)。
ーーそのほかに、訪問看護も経験されたとのことで。
飯田:大学病院を辞めた後ですね。数ヶ月間プータローだったんですが「時給の高い看護師バイトをすればこの生活を続けられそう」と思って派遣に登録し、そこで訪問看護を提案されました。
やったことのない仕事でしたが、面接でスタッフの雰囲気が良かったので半年間やってみたんです。
看護ケアと言っても、人工呼吸器がついている方もいれば、生存確認のように一人暮らしの老人を訪問したりとさまざまでした。
資格があるからこそ知らない世界を垣間見れて、いろんな生活をしている方がいるんだなと人生の経験値を上げてもらったと思っています。
ーー次は特別養護老人ホーム(特養)へ行かれたんですよね。きっかけはなんだったのでしょうか?
飯田:近所を歩いていたときに、視線を感じて。最初は無視していたんですが、パッと顔を上げたら看護学校の友達だったんです(笑)。
それが数十年ぶりの再会でした。「近くの老人ホームで働いているんだけど、特養で人が足りていないからやんない?」って誘われて。
暇だったから「やる、やる!」と2つ返事で入りました。脳外科病棟の経験があったので、意識障害や認知症の方のケアはできるなと思って。
ーー運命的な出会いでしたね…!特養での仕事はどうでしたか。
飯田:特養では職種の役割が決まっていて、入浴介助やオムツ交換など日々のケアは介護士さんが全部やってくれます。看護師の私は、「お尻に発疹ができているから見て」と呼ばれたり、お薬を管理したりしました。
介護施設ってやっぱり病院と一番の違いが、介護士と看護師との関係性なんですよね。看護師が医学的根拠を持って、このやり方はまずいよと言っても、いやうちはずっとこうだからと言われちゃう。
介護士さんたちのプライドもあるので、そこを傷つけないようにうまくやり方を変えてもらって。一貫して変えられなかったものもあるし、お互い折り合いをつけながらやっていた部分もあります。
そこをうまく乗り越えるとチームワークが生まれるので、毎日コミュニケーションに悩みつつも駆け引きを楽しむようにしていました。

ーーその後の10年間のブランク中は、アメリカ滞在と育児をされていたんですよね。
飯田:旦那の転勤でシリコンバレーに2年行きました。私はビザ的にも働けないので語学学校でいろんな国の友達を作って、留学ではなく「遊学」だったかな(笑)。

夫の研究室がある大学でヨガ講座を受ける日は、スポーティな格好でヨガマットを背負って大学を歩いていて、観光客に「C棟はどこにあるんだ」って聞かれて「あのバスに乗れば行けるよ!」って話したり(笑)
小さな差別も受けたりと、自分の経験値を上げてくれる夢のような時間でした。

ーーさまざまな経験を経て、今に繋がっているのですね。クリニックは4年目とのことですが、今後働き方を変える予定はありますか。
飯田:子どもが1人で帰ってきて自分で宿題をこなせるくらいになれば、もう少し長時間働きたいなと考えています。
ーーその際も、看護師として働き続ける予定でしょうか?
飯田:はい。途中で飲食バイトもやったことがあるのですが、やっぱり私は看護師の仕事が楽しいなと思うんです。やりがいがあるから結局ここに帰ってきちゃうみたいな。
一番は、人と関わる、それも良い面だけでなくてリアルな部分や辛い部分も含めてその人の人生に関わるのが好きなんだと思います。
ーーブランクや働き方に悩んでいる方にメッセージをお願いします。
飯田:案外勘は戻ってくると話しましたが、今ブランクで悩んでいる方は、とにかく一歩踏み出してみて、やりながら慣れていけば良いと思います。「そろそろ働きたいな」って心の中で思っているだけじゃ、前に進めないから。
ほかには…働き方に迷っている人に伝えたいのが、
が大事なのでは、ということ。
子育て中って背負うものが自分の人生だけじゃないから、やっぱり仕事を選択する責任は重いですよね。それでも、自分が「楽しい」「ニコニコしていられる」ほうを選んだほうが、巡り巡って家族にとってもうまくいくと私は思いますね。
ーーいまの働き方がツラい場合は、どうすればいいでしょうか。
飯田:周りに相談して答えが出るならそれでもいいですが、思い切って辞めちゃうのも選択肢だと思います。
私自身はこうやっていろいろ仕事をしてみて、結局何一つ極めてはいないです。でも、経験を重ねてきたことで、自分の心も豊かになっていくんですよね。
仕事で悩んでいて何か違うかもと思っているなら、思い切って1回距離を取ってみる。そういう勇気は大事かなと思います。
10年のブランクを越えて小児科クリニックに飛び込み、その一歩を人生の経験値に変えてきた飯田さん。「案外、勘は戻ってくる」「まずは一歩踏み出してみて」という言葉に、勇気をもらった方も多いのではないでしょうか。
最後に、ブランクからの復職を数多く支援してきた「レバウェル看護」のキャリアアドバイザーの視点から、お伝えしたいポイントをまとめました。
確かに、ご経歴と職場が求める条件によってはご縁がつながりにくいケースもあり、ご自身だけで探すのは一苦労かと思います。
そんなとき私たちにご相談いただければ、応募前に採用担当者へ直接確認を取り、「今どんな求人の選択肢があるのか」を見極めたうえで動くことができます…!
実際、病棟経験が3〜5年ほどあれば、長めのブランク後でも病院・クリニック・施設への入職が叶っています。
1点注意したいのが、内部情報を知らないまま入職すること。あまり相談せずに決めた結果、教育体制が整っておらず短期離職に…、という方も実際にいらっしゃいます。
レバウェル看護では、求人票だけでは分からない業務内容や患者層もお伝えしています。飯田さんが「患者として通って雰囲気を見た」とお話しされていたように、内部の様子が分かると、そこで働けそうかどうかをぐっとイメージしやすくなるはずです…!
ブランクからの復職を考え始めたときは、1人で抱え込まず、私たちにもご相談してくださいね。飯田さんのように、その一歩が新しい居場所につながるよう、全力でお手伝いします。
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てんてん
2024年8月6日 15:03
私も実際ブランクからの復帰経験しています。私の場合は6年ですがなんとかなりました。
Nami
2024年8月15日 18:15
私の同僚でも、5年、10年ブランクがあって、復帰した看護師が何人かいますよ。1人は復帰は苦労されたようですが、子育てでたくさん時間を使えたから後悔はないと、お話しされていました