
私はかつて、いわゆる「特定妊婦」でした。
特定妊婦とは、子育てに公的支援がいるような妊婦のこと。
若年出産や望まない妊娠、飛び込み出産など、
いわゆる「子育てするにはハイリスクな妊婦」のことをいいます。
私は未成年で未婚の母になり、
「望まない妊娠」からの出産をしました。
相手の男性から中絶を強要され、
子どもを守りたくて逃げるように1人で出産。
産んだはいいものの、
これから子育てという大きな仕事をどうやってやり遂げていけばいいのか
途方にくれていたのを覚えています。
いろんな人の支援を受けたり、福祉サービスを利用したりして、
子どもを育てながら看護師になり、
もがくように生き抜いた結果、なんとか今、
自立して子どもを育てることが出来たけど・・・。
そんな私だから、余計に、
増え続ける「児童虐待」を他人事に思えなくて。
私も条件がそろえば虐待していたのかもしれない。
児童虐待のニュースのなかで、「特定妊婦」ゆえに我が子を愛せない状況だったり、のちに交際する男性がきっかけで虐待に走るケースは少なくない。
ただ、多くの事件や虐待ハイリスクにあるような家庭でも、正しい支援や助言があれば虐待事件に至らなかったのかもしれない、とか思ったり。

児童虐待には4つの種類があります。
・身体的暴力
・心理的暴力
・性的暴力
・育児放棄を意味するネグレクト
日本では、とくに身体的・心理的・ネグレクトが多いとされています。

最近では耳を疑うような児童虐待のニュースが多くなりました。
記憶に新しいなかでも
「もうおねがい ゆるしてください」のメモを残し
5歳女児が亡くなった目黒女児虐待事件や、
実の父親から13時間以上暴行を受け小4女児が死亡した
野田小4女児虐待事件、
長期にわたるネグレクトと暴行で2歳女児が衰弱死した
北海道の2歳児虐待死亡事件など・・。
近年報道される児童虐待事件は、
身体的・心理的・ネグレクトの3つが重複しているケースも目立ち、より残虐性が増しているようにも感じます。
児童虐待事件があるたび、テレビのコメンテーターやネットニュースのコメント欄には、児童虐待した親を責める言葉ばかり耳にしたり目にしたりします。
「加害者の親が悪魔のような人間だったから、この事件が起こった」というシナリオができている感じがしてなりません。
最近よく思うのは、残酷な事件が起こるたび、
虐待した親への怒りが先走り、
「なぜ虐待が起こるのか」
という根本的な問題はいつもフォーカスされていないなと思うんです。
児童虐待が増える今だからこそ、
児童虐待が起こる「本当の原因」を模索して、地道にひとつずつ解決していく。
それが長期的にみて児童虐待という悲しい事件を減らしていく唯一の方法じゃないでしょうか。
本当に虐待をなくしていくためには、
まず「なぜ児童虐待が起こるのかをみんなが知ること」が大切だと思います。

児童虐待は、親が悪魔のようなひとだったから起きたのでしょうか。
国内でも有名な虐待事件である
「大阪二児餓死事件」「厚木白骨死体事件」は、
のちに加害者の親の生い立ちまで詳しく調査されています。
「大阪二児餓死事件」は、シングルマザーだった風俗嬢の女性が、2人の子どもを家において出かけ放置し子が餓死した事件。
のちに母は解離性障害だったことがわかっています。
彼女は解離症状から一定以上のストレスがかかると、
今の立場から逃げ出してしまったり、記憶がなくなったりします。
多重人格に近い症状です。
「厚木白骨死体事件」は、シングルファザーが息子を置いて出ていったまま放置。男児が白骨化して発見された事件。
のちにこの父親は、知的にハンディキャップがあることがわかっています(知的障害のボーダーライン)。
彼は保育園や託児所を利用して働く、
もしくはそういったサービスを探す、
ということが出来なかったと書かれています。
これらの事件を調べてまとめた著書「児童虐待から考える 社会は家族に何を強いてきたか」、「ルポ 虐待 大阪二児置き去り死事件」(著者:杉山 春氏)では、大きな児童虐待を起こした親が虐待を起こした要因として、以下のようなことが書かれていました。
親自身が
・自ら子育てに必要な支援を模索したり、利用したりできない
・精神疾患や発達障害を持っていた
・自身も虐待を受けた経験がある
・SOSを上手に出せず孤立している
・経済的に困窮していた
・子育てに関して支援者がいなかった
虐待が起こった原因には、社会的支援の有無や経済力、周囲からの支援や理解の有無、親自身が受けた「親からの影響」なども関係している、ということなのです。
児童虐待が起こる原因は「親個人の性格」だけではないのです。
公的機関から受けられる支援を
「フォーマルサポート」
周囲のともだちや家族から受けられる支援を
「インフォーマルサポート」と言います。
子守を協力してくれる友人や親族。
働く間子どもを預かってくれる保育園。
わたしたちが子育てするうえで、当たり前のように得られているこれらのサポート。
重度な虐待事件となった
「大阪二児餓死事件」「厚木白骨死体事件」は、
加害者となる親にインフォーマルサポート、フォーマルサポートのいずれも無しに等しかった。
同時にこれらの事件の親には共通して、
限界を超えた環境でありつつも、一人で一生懸命子育てをしようとした事実もわかっています。自分なりに精一杯子どもを大切にしていたんでしょう。
本来であれば、彼らは自分が持つ精神疾患や知的障害に対してしかるべきサポートを受け、周囲の支援、経済的支援を得て子育てすることが望ましい。
だけどそういった福祉制度もなければ、
支援してくれるひともいなかった。
世の中にはまだ、こういった子育て家庭がたくさんあるんだと思います。
彼らのように親自身になにか課題があって、
フォーマルサービスすら自分の力で探せない人が実際にいる。
これらの虐待事件をみていつも問題に感じるのは、
「福祉サービス制度があるのに、一番必要なひとたちへは届いていない社会のシステム」だなということです。
近年続けて起こった残酷な虐待事件の加害者も、この2つの事例のように、なにか虐待が起きやすい「要因」があったのに、十分な支援を受けられなかった家庭なのかもしれません。

実際に「野田小4女児虐待事件」はDVで母親も支配された状況にあり、虐待リスクが非常に高いことが把握されつつも、行政が一度保護した子どもを父親に返してしまう経緯がありました。この家庭には、「配偶者暴力防止法」や「児童虐待防止法」の制度があるにも関わらず、それらのサービスが十分機能していなかったのです。
北海道の2歳児虐待死亡事件でも、何度も子どもの安否を確認するチャンスがあったのに児童相談所がそれを活かしきれなかった、と言われています。参考:「んも~かわいい!」がなぜ「虐待」に……札幌2歳女児衰弱死の闇
この事件の母親のSNSには、娘が生まれてとても愛情を注いでいる記録が残っています。
娘を愛してやまなかった一人の女性が、なぜこんな残酷なことを子どもにしてしまったのか。
交際相手の男に影響されて虐待が進み、母親の感覚も麻痺していってしまいました。
人の倫理感やモラルは、その人が生きる環境、人間関係などで簡単に変わってしまうことが十分ありえるといわれています。(参考:戦争における人殺しの心理学より)
大切だと思っていた自分の子どもも、突然大切に思えなくなる。
条件がそろえば、これは心理的に誰でも起こりえることなのかもしれません。
家庭に問題を抱えたまま社会から孤立してしまうと、家庭内で倫理に反した行動が行われるようになっても、誰も止めることができません。
核家族が増え、人との関わりが希薄になったいま、
家族の孤立は虐待防止にとってとても重要な課題だと思います。
虐待リスクがある家庭が孤立しないよう、
もっと積極的な支援の手を伸ばしていかないといけない。
それがこれからの時代、児童虐待を予防する重要な福祉の一環のように思います。
児童虐待には、多くの「負の産物」があります。
決して他人事ではなく、わたしたちの生活にも影響をきたします。
児童虐待による社会的な経済コストは、年間1兆6千億円になると試算されています。(参考:虐待事件から考える 社会は家族に何を強いてきたか(朝日新書))
「虐待が脳を変える(新曜社)」では、虐待を受けた「子どもの脳」は、以下のような影響を受けるとされています。
性的虐待
・視覚野の容積 が8%少ない
・(距離や顔の認知に関わる)中後頭回の容積が9.5%少ない
暴言(バーバルアビューズ)
・(聴覚野の一部である)上側頭回灰白質の容積が14.1%多い
本来もっと小さいはずの聴覚野が、子ども時代から暴言を浴び続けることで刺激を受け、大きいままになってしまう。のちのち聴覚が過敏で負荷がかかるとされる。
体罰
・(感情・思考をつかさどり、犯罪の抑制力になる部分)右前頭前野内側部の容積が19.1%少ない
・(集中力 意思決定 共感などにかかわる)右全帯状回が16.9%小さい
・(物事の認知)左前頭前野背外側部が14.5%減少
・ (痛みを感じる部分)大脳皮質の感覚野への伝導路が細くなる
暴言・暴力などのDVの目撃
・(視覚をつかさどる)舌状回が6.1%小さい
・視覚野の血流が 8.1%多い(視覚野が過敏になる)

児童虐待は虐待を受けた時だけでなく、見た目に現れなくても脳の機能や大きさに強い影響を与え、その子どもの長い人生にも影響を与えることが明らかになっています。
虐待は確実に自尊心を傷つけ脳機能を変化させる行為であり、ときにその子どもの人格形成にも大きな影響を与えることがあります。
過去に起きた凶悪事件である
「秋葉原通り魔事件」「川崎通り魔事件」等の加害者は、いずれも幼少期から虐待を受けたり、愛着関係も持てるほど誰かに大切にされることもない家庭環境だったと言われています。
虐待を受けそのまま誰からもケアされず大人になってしまうと、
自暴自棄になったり、
人との関係を築くのが難しくなったり、
社会適応が難しくなったりするリスクがあります。
私はこれまで、一人親や若年出産であることで、
心の折れそうなきつい言葉も受けました。
もしあの時わたしの心が折れていたら、
わたしは子どもを育てられてなかったかもしれない
と思うことがあります。
お金がなさすぎて、風俗などのグレーな仕事が頭をよぎったこともあったなぁ。
でも逆に、私が虐待ハイリスクな特定妊婦から、
ある程度自立して生活を送れるシングルマザーになるまで、数えきれない支援や周囲の理解がありました。
そして十分な福祉サービスも受けました。
一番辛いときに孤立せず前向きに生きてこれたことは、最大の救いでした。
本当に虐待をなくすには、加害者の親を責めることは逆効果だと思います。
責めるよりむしろ虐待リスクの高い親への支援のほうが、優先的課題じゃないでしょうか。

「目黒女児虐待事件」をきっかけに児童虐待防止法が改正され、「体罰の禁止」が盛り込まれました。
起きた虐待に対し、制裁を厳しくすることは大切なことです。
でも、「虐待が起きたあと」の法律を厳しくしても、「虐待が起こる根本的な原因」が減るわけじゃない。
これだけ児童虐待が問題視されても、
「虐待が起きてから」のことに注目されるばかり。
虐待をなくすためには、子どもが虐待されることを未然に「予防すること」が大事。
だからこれからは、
「虐待が起きる前」の状態にも、注目していくべき時期になっていると思うんです。
ただ起きてしまった「残酷な虐待事件」だけを見ると、
「なんてひどい親だ!同じことをしてやれ!」という気持ちにもなります。
ですが、その親が
「虐待する親」になるまでどんな経過を辿ったのか
具体的にアセスメントすることが大事で、
そうすることで「虐待を予防できたであろう問題」も見えてくるんじゃないか。
今もなお、どこかに子育ての限界を感じている、孤立した親がたくさんいると思います。
そんな彼らに誰か理解を示し、支援をしてくれる、
もしくは適切な福祉サービスを受けれる機会が与えられ、虐待につながらないことを切に願います。
子育ては一人ではできません。
人の能力は千差万別、子育ての能力も差があって当然です。
虐待の多くは、親個人の性格だけではなく
「たくさんの問題が絡み合って起こりうるもの」
そのことをあらためて知っていただけたら何よりです。
〈編集部より〉
第5回は、児童虐待がテーマでした。
いかがでしたでしょうか。
私は、今回のマリアンナさんの原稿を読んだとき、
読み終えて涙がぽろぽろ溢れました。
どの部分というのではなく、
一貫したマリアンナさんの叫びや主張が、
人として、母として、
まっすぐに刺さったからです。
虐待をしてしまう親を救わなくては、子どもは救えない。
本当にその通りですね。
今まさに育児中の人、
かつて育児に励んだ人、
将来お母さんになりたい人、
今は小さな子どもと全く接点のない人、
すべての人に響けばいいなと思い、この記事を投稿しました。
では皆さん、次回のコラムもお楽しみに!
マリアンナさんの公式ブログもぜひ読んでみてくださいね。
〈マリアンナさん公式ブログ『看護師になったシングルマザーのブログ』〉
https://nurse-singlemother.jp/?page_id=11
【バックナンバー】
■ナースが物申す【第1回】マリアンナさんのプロフィールを紹介しています。
■ナースが物申す【第2回】~ナースの有給休暇義務化~
■ナースが物申す【第3回】~新人ナース時代を乗り越える~
■ナースが物申す【第4回】~子育て「小1の壁」~
〈イラスト:Kaoll〉
https://kaoll0719.wixsite.com/illustrator

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