
医療系企業なら、夜勤なしで、看護師経験を活かして働けるはず。
…そんなイメージはあるものの、どうやって転職するのか、企業での仕事って実際どうなのか、どんな人に向いているのかの具体は、イメージしづらい部分かと思います。
今回話を伺った看護師Mさんは、大学病院で救命救急を5年経験したのち、医療機器メーカーの営業にキャリアチェンジし、今年の年収は800万円を見込んでいるそう。
しかしそこに至るまでには、看護職を離れる葛藤も、あえて医療とは無関係の業界で営業経験を積んだ時期もありました。Mさんのキャリアチェンジを詳しく聞きます。

大学病院にいた頃は救命が本当に好きで、夜勤をやり続けるなら救命じゃないと嫌だ、という気持ちで働いていました。ただ、病院としてはいろいろな部署を経験してほしいという意図があるのか、5年ほど経つと異動の話が出てくるようになって。
実際に救命が好きな先輩が病棟に異動になり辞めてしまうのを何人も見てきたので、そういう不本意なキャリアを歩みたくないなと思ったんです。
一方で、40代、50代になっても子育てと両立しながら救命の第一線で走り続ける先輩たちを見て、すごいと思う半面、自分にはきついんじゃないかって……。
別の病院の救命に移ることも考えましたが、それでは一時的な解決にしかならず、根本的な不安は解消されないと気づきました。
その頃まだ20代だったので、動けるうちに全然知らない世界を見てみよう!と思い、企業への転職活動を始めました。探したのは、知識を少しでも活かせるように医療系の企業です。
この選択の決め手は、自分のキャリアは自分で選びたい・キャリアの選択肢を増やしたいと思ったこと。加えて、「会社員が合わなければ、看護師に戻ればいい」という考えが保険になって踏み切れた部分もあります。

医療機器メーカーなど、医療系企業を中心に応募したのですが、面接前の書類選考で落ちることが続きました。コロナ禍で求人が少なく、企業側もメーカー経験者など即戦力を求めている状況で、未経験から医療系企業に入るハードルの高さを痛感しましたね。
それ以上に大きかった問題が、自分の経験を「企業に伝わる言葉」に翻訳できていなかったことだと思います。当時は今ほど「看護師から企業への転職」が一般的ではなかったため情報が少なく、自分自身、何が正しい職務経歴書かも分かっていませんでした。
看護師向けの転職エージェントは企業の情報を持っておらず、一般の転職エージェントは医療職の職務経歴書が読み解けない。結果、病院のトーンで書いた職務経歴書のまま提出して、採用担当者にうまくアピールできない状況でした。
ただ、転職エージェントとの面談を通して気づいたこともありました。一般企業への転職は、病院に転職するのとは訳が違うこと。医療系の企業に行きたいなら、まずは会社員として実績を作ってから次の転職で挑戦もできること。
もともとの私の目的は「看護師以外のキャリアの選択肢を増やすこと」だったと思い返して、医療業界にこだわるのをやめました。
それからは、3月末退職・4月入職の想定で動きました。職場では3月末退職が慣例でしたし、特に大きな病院は4月に一括採用をやるのが一般的だからです。
しかし、企業の採用は違いました。求人はポジションが空き次第の随時募集。面接も2~3回あり、適性検査を挟むこともあって内定までが長いんです。
私が探したタイミングでは条件に合う求人がほとんどなく、次の職場が決まらないまま退職日が近づいてきました。
ここでキャリアにブランクを空けるよりは、元々好きだった美容分野のクリニックで働いてみようと思い、転職活動中である事情も正直に伝えたうえで5ヶ月間だけ働かせてもらいました。
そんな中、次に選考を受けることになったのが、美容系のWebサービス会社でした。

美容系のWebサービス会社の選考で見られたのは、経歴よりも、「営業として走り続けられるか」「自分が頑張ってきたことを言語化して話せるか」という点でした。特に後者は、美容クリニックでの接客・売上の経験が活きたと思います。
美容系のWebサービス会社は医療とはまったく関係ない業界です。ただ、ここで会社員としてのスキルをきちんと身につければ、キャリアの選択肢が広がるはずだと考え、入社を決めました。
働き始めて一番のギャップだったのは、会社に行けば仕事が用意されているわけではない、ということでした。
看護師は病院に行けば担当患者さんが割り振られていて、その日やる業務がある程度決まっていますよね。でも営業職は、自分で顧客へのアプローチや1日・1週間・1ヶ月の動き方を全部組み立てないと仕事が成り立たない。何をしたら正解なのか分からず、最初はかなり苦戦しました。
働き方も想像とは違いました。土日休みで年間休日も多い会社ではあったものの、営業の仕事って、やろうと思えば無限にできてしまうんです。締め切り前や打ち合わせで、遅くまで残業する日も珍しくありませんでした。
大変なことも多かった一方で、看護師時代とは違う良さもありました。
スケジュールが読めて生活しやすいこと。体力面・精神面の疲れ方が違うこと。そして、看護師は基本的に病院が提示する条件を受け入れるしかありませんが、会社員はスキル次第で、働き方や条件の合うポジションを自分で選びやすいことです。
看護師の仕事はもちろん好きでしたが、数十年の単位で考えたとき、会社員のほうが長く働き続けられるかもしれない、と思うようになりました。

ただ、その経験だけで終わらせたくはありませんでした。もともと目指していたのは、看護師としてのバックグラウンドも活かせる医療系の企業だったからです。美容系のWebサービス会社で3年半かけて営業実績を積んだことで、ようやく医療系企業への転職でも評価してもらえる土台ができた。それが、次のステップに進んだ理由でした。
医療系企業といっても、整形外科、循環器、がん治療、治験系と、領域はさまざまです。そのなかで私が循環器の医療機器メーカーを選んだのは、救命時代に心カテ室に入っていたのと、心臓が好きだったからです。
現在の担当病院は5〜6施設。朝からカテーテル治療室に入って手術に立ち会い、医師に機器について説明したり、質問に答えたりするのが主な業務です。
一番大変だったのは入社して現場に慣れるまでの時期でした。医療スタッフではなく「業者」として現場に入るので、ふるまい方や医師とのコミュニケーションの取り方が今までとは違って。
知識も、一から勉強し直しました。病院の運営や機器導入の仕組みなど、看護師時代は関与しなかったことばかりですし、製品知識については医師と対等に話せるレベルが求められます。
とはいえ、症例中の空気感や話しかけていいタイミングが感覚的に分かったり、カテ室や病棟でどこに立つと邪魔になるかが体に入っていたりと、臨床経験が活きるシーンも多いです。
何より看護師時代にまったく縁がなかったのが、自分で仕事を作り、売上・数字を追う感覚でした。メーカーである以上売上が求められます。
数字が上がらないと正直プレッシャーで苦しいです。支えになっているのは2つ。
1つは「患者さんに一番メリットがある選択はどれか」という自分の軸です。メリットがあれば先生に提案するし、なければ無理に営業しない。この軸があると数字に振り回されずにいられます。
もう1つは、成果が出ないときこそ数字を意識しすぎるのではなく、うまくいっている人から学ぶこと。周りと比べて落ち込むほど苦しくなるので、積極的に「教えてください」と話しかけるようにしています。
企業に転職したあと看護師に戻る人もいると聞きますが、看護師のほうが向いていたのか、自分で仕事を切り開いていくスタイルや数字を追う働き方が合わなかったのかもしれません。
私も、看護師資格への未練はありました。せっかく救命で5年やってきたのに、コロナ禍で現場を離れるのは後ろめたいと思ったことがありますし、営業として働く以上、患者さんに直接触れたりお話ししたりすることができず、寂しさを感じる場面もあります。
だからこそ、看護師資格は完全には手放さず、副業として使っています。派遣バイトや内科クリニックでの採血のアルバイトで、不定期でも現場に関われることがいい息抜きになっています。

これまで4つの職場を経験してきて、年収の変化は大まかにまとめるとこうです。
| 職場と年次 | 年収 |
| 都内大学病院・救命5年目 | 約550万円 |
| 美容系のWebサービス会社(3年半) | 約450万~500万円 |
| 医療機器メーカー1年目 | 約750万円 (内定時の提示金額) |
| 医療機器メーカー2年目(現在) | 約800万円 (目標達成時の見込み) |
看護師のキャリアには、病院を変えると給与がリセットされやすいという課題があると思うんです。特に私の場合は元々都内の大学病院勤務だったこともあり、「病院を変えるなら100万円は下げる覚悟がないと難しい」と言われたことすらあります。
私は企業転職の第一歩として、まず畑違いの美容Webサービス会社に転職しましたが、未経験だったため、そのときはやはり100万円下がりました。
しかしそこから営業として実績を積んだ結果、現在の医療機器メーカーでは、救命時代を約250万円ほど上回って800万円見込みまで増えた流れです。
企業勤め、特に営業職は、年次に関係なく実力や成果で評価される、良く言えば実力主義、厳しく言えば成果主義の世界です。
誰にでも同じように高年収の道が開けているわけではなく、私の場合は業界や会社との相性に恵まれた面も大きいです。今の会社では、看護師としての臨床経験そのものよりも、2社目で積んだ営業としての実績を評価してもらえたと採用担当者から聞いています。
働き方は看護師時代と比べて一長一短です。
大学病院時代は夜勤が月4〜5回ありましたが、シフトが終われば次の人に引き継いで、業務から完全に離れられました。
今の営業職は基本的に土日祝日休みで、担当施設のカテーテル室の稼働に合わせて動きます。休みの日でも担当窓口は自分なので、夜遅くや土日にシステムのトラブルで連絡が来たこともあります。
「シフトを離れれば仕事から切り離される」という病院勤務の良さは、外に出て初めて分かりました。今の年収は、そうした働き方も込みでの数字だと思っています。

看護師から企業への転職活動を振り返って、「知っておきたかった」と思うことが4つあります。
私自身、1人で開拓していく営業スタイルには、最初かなり不安がありました。もし営業に自信が持てなければ、医師への製品説明などを担う「クリニカルスペシャリスト」という働き方もあります。
前述したように、自分から「教えてください」と素直に言えるタイプかどうかは、営業への適性を見極める一つの指標になるはずです。
看護師の部署異動のほうがむしろ大変なんじゃないかと思うことがあります。診療科が変われば、疾患もルールも一変しますよね。
もしその変化にこれまで耐えてこられたなら、同じ医療の世界の中で、会社という「部署」に挑戦してみるのも十分にありな選択だと思います。
私も一度は年収を100万円下げて企業へ飛び込みました。
まず会社員としての経験を積んで、そこから選択肢を広げていく。
その転職活動が長引きそうなら、私が美容クリニックで5ヶ月間働いたように、短期でも勤務してブランクを防ぐのも1つの手かもしれないです。
転職したいけれど……と何もせず足踏みする状態が一番もったいないです。まずはPCスキルを身につけるでも、話を聞きに行くのでもいいと思います。
とはいえ、外の世界を知っているからこそ思いますが、不安なまま無理に飛び出す必要はないとも思っています。会社員は自分で仕事を探して開拓していく世界なので、正直そんなに甘い世界でもありません。病院で働き続けるほうが、力を発揮できて幸せな人ももちろんいます。
それでも私は、やってみないと分からないと思って、まず動いてみました。
書類選考にすら通らなかった時期を経て、まったく畑違いの場所から選択肢を広げてここまで来ました。振り返ってみると、看護師としての経験は一つも無駄にはならなかったと思っています。
大学病院の救急で働いたのち、美容クリニック、美容系のWebサービス会社(営業職)、そして最終的に念願の医療機器メーカー(営業職)への転職を成功させたMさんに話を聞きました。
美容クリニックでの接客・売上に携わった経験がWebサービス会社で活き、そこでの実績が次は医療機器メーカーで評価された。そして今、看護師時代に培った臨床経験をもって営業現場に出ている。一見遠回りに見える選択でも、これまでに積み上げたキャリアを武器にしている姿が印象的でした。
看護師資格、臨床経験を活かせる職場は、病院のほかにもたくさんあります。
Mさんのように企業へ転職された例として、治験コーディネーターに転職された看護師さんの事例も興味があれば読んでみてください。
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